日本のいじめについてどう見る
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名前:みっつん
101年07月03日00時19分
いじめは村八分とよく似ていて自分だけ違う事をやっていた場合
無視されたり陰口を叩かれたりする。弱小動物のほうが共食いを
しがちで猛獣はしなかった。昔から喧嘩やスポーツの強い子は
いじめなどしなかったそうだ。西欧式の発生前提型解決法を
カウンセラーから提示された。担任に直訴状を書いて加害者を
訴えたことがある。長男らしい方法だったとは思う。
中学時代の友人から「人間というのが生きている以上いじめがあっても
仕方ない」といわれたが彼は優しい少年だった。
高校時代はいじめになど遭わなかったのは進学校だったからだと思うが。
多動症者はいじめの加害者を多く出している。
資本主義社会は多くの差別者を出していて抵抗力しか身につけさせようとしない。
アメリカの青少年の自殺は世界トップクラスと聞く。
能重真作氏は「いじめはなくせる」という著書を出している。
代用教員制復活も大切だろう。
いじめの正当化をするテレビ番組は改良すべきだろうと思っている。
自由出席制・完全単位制も妙案だと感じる。
沖縄などで子供を多く産み互助心博愛心旺盛な人も育てるのもいい。
以上
名前:よんだぱんだ
100年08月31日18時23分
こんにちは。はじめまして。
かつていじめられたことのある人、または今もいじめられている人が出ている番組を見ていると、自分のことをなかなか素直に受け止めることができず、自分のことを否定してしまう傾向があるなと感じます。見た感じはぜんぜん変じゃないし、変わっている部分があるというよりもその人の個性があるなとおもうかんじです。一緒に出ているコメンテーターがどんなに「君はいい子だよ!!」って言っても「自分はぜんぜんだめなやつなんだ」と否定してしまいます。その姿は謙遜しているようには思えません。
やはりこれは今までまわりの人に否定され、仲間はずれにされたということが大きく心に入り込んでいるせいなんだと思います。いじめは個人の心の奥や性格にまで大きく影響してしまうのです。一度自分はだめなやつと思ってしまったら、まわりの人がどんなにいってもそれを聞き入れるようになるまでにはかなりの年月を要するでしょう。また、自分はだめだと思っているせいで、やりたいことも思うようにできない、消極的になってしまうこともあるように思います。
このように、いじめはいじめられた人の人生を大きく狂わせてしまうものです。わがままだから、なんか変だからいじめたなんていうのは理由になんてもちろんならないし、理由があったとしてもいじめはしてはいけないです。ひとをいじめるということはとても重い罪だと思います。
名前:吉信
100年08月16日11時22分
いじめを苦に自殺するのと、いじめた奴を殺すのとどっちがつらいのかな?
僕が高校の時いじめにあったときはずっと我慢してたけど我慢できなくなった時、机をそいつに
投げました。それで教師たちはいじめにきずいて後日いじめた奴らは警察に逮捕されました。
それぐらいしないとね!!
名前:amu
100年07月28日23時28分
なんかこのページ人来なくなっちゃたような気がします・・・。
昔はもっと白熱してたのになあ・・・。
麗さんとか、ほかにも沢山の方々がいて・・・。
久々に来てみたらなんか・・・。
名前:ターヤ
100年07月08日19時25分
みんな自分が分かんないんだよ。大人は『言うことを聞いて、ちゃんと勉強する子』って言う同じことを僕らに要求する。小、中学校まではまだいいよ。
高校とか自分の将来考える時期に誰でも自分とほかのやつとの違いを考えるじゃん。けどいくら探しても、ほかのやつと違うとこがないんだ。みんな同じ格好してて、成績も同じくらい。焦るんだ。
それでちょっと毛色の違うやつを捜す。『そいつとは違う自分』を見つけて安心するのかな。といっても、一人じゃだめなんだ。人と違うって言うことに慣れてないから、必ず『違い探し』は集団でやる。
たち悪いのがそこでその違いにおいては、相手より自分たちの方が優秀じゃなきゃって思うところ。相手の違いを責めるんだよ。その違いがなんであれ。いじめちゃう訳ね。
いじめられた子は当然その違いを恨むわな。身体的なものならどうしようもないけど、性格とかなら、直そうって思う。つまりみんなと一緒にってね。
結局、大人の画一化の要求で自分を見失ったのに、今度は自分たちで画一化を進めてってるんだよ。
だとしたらいじめられるやつももちろん悲惨だけど、いじめる方も悲惨だよね。
どうすればいいとかはわからない。自分の体験からこう感じたんだ。
知ってるような口聞いちゃって申し訳ないけど、みんなの意見聞きたくて書き込みました。是非みんなの意見、聞かせて。いじめなんてない方が絶対いいもんね。
名前:鬼瓦 権蔵
100年07月03日14時28分
ノブさんへ
いじめには、結局そのいじめられている人間が闘う意志がないと・・・と言ったのは
殺された 金という在日の高校生でした。
彼は、良くこんな事を言っていたそうです。
教師も親も、その日その日生きるのに必死なんや。誰が、他人のこと守ってくれるか。
何か、必死になるか本当に困ってるからそこで初めて他人が振り返ってくれるんや。
必死になれんやつに、誰が助けなんぞしてやるか。
必死に生きられん奴に、なんで人のことがわかるんか?
名前:ノブ
100年06月25日19時50分
日本のいじめについてですが、わいの意見を言わしていただきまする。
いじめる奴も悪いと思う。が、しかしそれを許している教師、見逃している教師、解決しようとしていない教師。こいつらが悪い!いじめられた奴が先生に相談しに行くと冷たくあしらわれたと言うことをよく耳にします。うちのクラスにはそんなのはない!とか。いじめられてる人は助けを求めて相談に行ってるのに先生にまで冷たい反応を取られてしまうと、生きる気力がさらに無くなってしまうのでは・・・・
僕は今、岡山県の私立の高校に通っています。この高校の先生はすごく生徒のことを理解してくれて、すごく頼りになり、悪いことをした生徒には殴ります。入学して間もない頃、こんな事を先生が言ってました。「いじめる奴がいたらそいつを殺すからな」(脅迫入ってまが・・・・)
いじめが発生しないうちに忠告しています。それにすごく生徒のことを見ているので隠れていじめてもすぐばれます。はっきし言っていじめなんか出来ない状態にあるのです。もしいじめてるのがばれたら殺される・・・この気持ちがクラスのみんなには浸透しているのです。だからこそいじめは絶対にうちのクラスでは起こらない。
悪いことをしたらただ怒る先生と、怒って殴りしかる先生。
怒られるだけでは何も恐くないし、またいじめてしまう。
しかし、殴る先生がいるといじめたら殴られる・・・恐い・・・と思うのです。
今、教師のほとんどはやる気がない!
君が代の反対なら一生懸命なのに、
生徒の事になればちゃらんぽらん。
君が代反対する前にやることをやれ!
日本の教師ども!やるきがあるのか!
わいの高校の先生方はほんとの先生だ。
悪いことをしたら怒る。これは基本だと思う。
さあ、日本の先生! やる気を出せ!
だれか私に意見を・・・・
名前:パットン
100年06月14日11時30分
麗さんへ。
あなたの意見読ませていただきました。それでお願いなんですがあなたのいう正論と
いうのを書いてください。難しい事はいいですからあなたが思う正論でかまいません。
よろしくお願いします。
名前:鬼瓦 権造
100年06月07日13時42分
初めまして
私が以前、聞いた良いお話しを一つ。それから、皆さん何かを掴んでください。
大阪の中学校で、ずっといじめに遭っている子がいました。中一から丸一年半同級生にいじめられた。最初は悪口や村八分だったけれど、だんだんエスカレ−トして服を破られたり持ち物を取られたり、恥ずかしい思いもさせられた。
いじめている奴は、ものすごく先生のご機嫌取りが上手くて自分がいじめていることを悟られそうになると先生の所へ行って、わざと判らないところを聞いたりクラスの委員をやったりその辺は上手い奴だった。そいつは勉強も出来たし、親は近所では有名な教育熱心。先生も何かと相談に行くほど。ある先生が定年で退職するときは、母親が花束持って学校に行ってついでに宴会も開くし、父親は海外からいろいろな教育資料を取り寄せて先生達にレクチャ−してた。
でもそれは、この両親の自己満足のためで自分の子供には、「おまえは他の子供と違う。おまえはいつの日かクラスの連中をあごで使うようになるのだ!」と言うことを、マインドコントロ−ルよろしくやっていたそうな。
いじめがエスカレ−として、ある日先生に相談に行ったら「あいつがそんな事するわけないじゃないか!いじめはこのクラスはないんだ!」と取り合ってくれない。
帰り道に、たまたまそいつが待ってて言いつけたのがもうばれてた。しょっちゅう、先生とそいつの親が電話で話をしているらしい。しかも、その日の夜その先生と親とが食事をする予定だったそうな。
そいつが「おまえ何しても無駄やで。あいつ(先生)はおまえの言うことは何も信じへん。
この前、クラスで金が無くなったなぁ。おまえ怪しいゆうといたさかいな。ま、明日行ってみたら判るこっちゃで。」
翌日行くと、朝一番に先生が「ちょっと!」
呼び出されて、その日はどこに何時にいたとか、
学校からいつ帰ったとか
根ほり葉ほり聞いた。
最後に、「先生はおまえを信じとる。そやけど、一応持ち物見せたってくれんか?」
「なんで、僕だけ調べられんですか?」
「だから言うとるやろ!先生はおまえを信じとる!それでいいやないか!」
その日、授業なんて何も耳に入らなかった。死にたかった。この世から自分を消し去りたかった。あいつには何しても勝てん・・・その気持ちだけだった。
帰り道、いつしか足は線路の方へ向かった。鉄橋の踏切の方へ。
シグナル鳴らんかな・・・飛び込んだら一発で死ねるのに・・・そう思いながらふらふらと・・
突然、「おまえなにしとんのや!」野太い声がする。
「おまえ、○○やないか。死にそうな顔して、どないしたんや?」
声の主は、金 と言って朝鮮高校の3年生。知らぬ者のない、腕っ節の強い男である。
襟の高い学生服を着て、おきまりのリ−ゼント。近所の鉄工所のむすこで、彼の父親とは
親同士が仕事の関係で知り合いだった。
「そこ座れや。話して何が出来るかわからんけれど。」
彼は、堰を切ったように話し始めた。不思議と冷静だった。
泣くこともなければ、いきり立つこともなしに、ただいじめられた事実だけをたんたんと話した。
話し終わると、金は
「おまえ、それでいじめられっぱなしだったんかい?少しは、抵抗したんか?」
いいや、と首を振る。
金は笑い出して、「いじめられっぱなしじゃ、抵抗もせんかったら、そりゃ調子に乗ってやるわい。おまえ、なんで抵抗せんかったんや?」
喧嘩は、良くないことです。と言うと、金は
「フン 確かに喧嘩はようないわ。けどな、おまえ自分を守るのは自分しかないんやで?
売られた喧嘩、うけんかったらやられっぱなしや。おまえ、殴られるのがこわいんやろ?」
こわいです・・というと
「正直でええわ。な、ワシに殴られてみいや。怖さ知れば喧嘩も勝てる。おまえ、ワシが殴ったるから。ワシが喧嘩教えたる!」
ふらふらと立ち上がると、いきなりパンチが飛んできた。2発3発・・・
「どや、殴られるんはこんなもんなんやで。それよりおまえが受けた苦しみがどんくらいきついんか・・向かってこんかい!」
うわぁ− と声なのか叫びなのか判らない雄叫びをあげて
向かっていく。そのたびに跳ね返され、殴られる。
「もうこのへんでええやろ。おまえ、根性あるやないか。両親にはワシが一緒に行ってやる。言い訳はまあ、任しとけ。」
金は、彼を連れて帰った。彼の親には、まるきりの嘘であるが公園に酔っぱらいがいて、からまれた。ひどい奴で、殴るだけ殴って自転車で逃げた。たぶん、釜が崎の奴やろ・・・・そんなことを言った。
翌日、学校に行くとその殴られた跡がまだ残っていたから
先生は「校内暴力違うやろな!」それだけ聞いた。
いじめるあいては、その跡を見て
「だいぶ奮闘したようで。彼の頑張りに敬意を!」とは言っていたが
かなり詮索する目つきに変わっていた。今までの見下すような態度ではなかった。
しばらくいじめはなかった。殴られたことで恐怖心が消え「いつでも受けてやるぞ!」と言うのが伝わったのか。
1週間ほど経ったある日、帰り道で金とばったり会った・・と言うより向こうが待っていた。
「な、おまえ顔つき変わったで。だけどな、いじめする奴は人の心がわからん。また絶対来るで。そんときゃどうするんや?」
やります と答える。
「ワシに言わせりゃ、そいつは卑怯もんや。必ず1人じゃ来んで。やるときゃ、ワシに声掛けや
。あのパン屋のxxに言えばええわ。ただし、ワシは加勢はせん。間違えたらあかんで。」
それからまた1週間ほど経ったある日、校内暴力があった。中一が2名上級生に殴られた。
殴られた一年生は仕返しが怖いのか、誰にやられたのか言わない。そのうち、噂が立った。
「殴ったのは、あいつらしいで。」
「そういやぁ、あいついつかえらい跡やったしな。」
先生から呼び出される。今度は偉い丁寧な口の利き方だ。
「とうとう、校内暴力があった。君は先日顔に殴られた跡があったが、何か知っているのではないかね?」
なにもしりません と言うと
「正直に言って欲しい。君が喧嘩をしていたと、それを見ている人がいるんだ。」
それは いつどこでですか? と聞くと
「それは言えないが、見た人がいるのは事実だ。」
帰り道、あいつがいた。
「えらい先生と長々と。ホホホホ・・・」
「余計なことをいろいろ言うな!」
「だって君、喧嘩してたじゃない。えらい跡作って・・・ホホホホ」
「明日、4時に公園で待ってろ!」
「喧嘩売るんか?」
「そうや!もうがまんできん!」
「明日が楽しみやねぇ−ホホホホホ」
パン屋に寄る。
明日四時に公園で・・・やります というと
ハイハイ とわかってんのかな?そんな返事・・・
不思議と、その夜は興奮しなかった。
公園は、川の畔にある。土手からは道が一本で、でるのも入るのもその道しかない。
30分前に行くと、まだ来ていなかった。
金も来ていなかった。絶対1人じゃ来んで・・と言うのが気にはなったが
やがて、がやがやと声がして
10人ほどの中学生がやってきた。クラスの奴もいるが
見たことの無いのが2名。制服が違う!私立の中学校の制服だ!
「君の、力を見ましょうか。ホホホホホ」
その時である。カタンカタンと自転車の音がして
金が土手をおりてきた。違う中学校の2人は、金を知っているらしい。
急に、そわそわし出した。
金は、自転車から降りるとのんびりした声でまずその2人に向かって
「こんなん、殴って手が腐るで。それでも手ぇだすんなら、おまえらわかっとんな。わかっとったら、失せろや。」眼で、礼をして2人は土手の上へ消えた。
金は、「おまえら、喧嘩するんにこんだけ集めんとやれんのか。男やないのぉ−。おまえら、手出ししたらわかっとんな。こりゃ、○○と△△の喧嘩やで。わかっとたら、さがらんかい!ワシも手はださん。見とるだけや。」
誰かが、小さな声で「手ぇ−だすんやろ・・・」と言った瞬間
言ったやつは吹っ飛ばされた。
「さぁ−やれや。ただし、石や棒きれは使うなよ。」
みんな凍り付いたように見ていた。
「今まで、よくもいじめてくれたな!オレは死のうと思ったんやど!」
そう言った瞬間、信じられないことが起きた。
「今までのことは誤る、誤るから許して!クラスメ−トやないか!内申に響くで。
頼むから許してくれぇ−・・・」
涙でぐしょぐしょになりながら、頭を土の上にこすりつける。
金が「許すか、許さんか、おまえ次第やで。ワシも悪やけどおまえも相当なもんやな。はっきり言とくけれど、おまえは卑怯もんや。なんぼ頭はええかしれんが、人間や無いわ。こんなん殴ったかて、なんもならへんわ。」
許したない・・・・ぼそっと言うと
「これでこいつもう何もでけんわ。クラスの奴らも小奴の正体わかったやろ。許すも許さんも
こんなん、数の内はいらんカスや。もう、ほっとけや。でもな、また今日みたいな事したら今度はワシが許さんで。ええか。おまえとこいつの話はおわったんや。でもな、ワシとおまえの話はおわっとらん。今日は貸しや。わかったな!」
帰り道、みんな無言だった。
先生に言いつけられたら・・・もうどうでもええわ・・・そんな気分だった。
翌日、そいつも他の連中も休まず出てきた。
みんな、あの日のことは無言だった。ずっと、何も言わなかった。
ただ、あの日以来いじめはなくなったし。いじめた奴は自分の正体を見られたので
今度は自分がいじめられそうな、そんな雰囲気になっていた。誰も奴の言うことは聞かなかったし、クラス会でも発言は極端に減った。
*****************************************
それから、何年か経った
金は、いわれのない喧嘩を売られ腹を刺され、その傷がもとで病気になって死んだ。
いじめた奴は、ガリベンをして役人になった。たまたま同級生で仕事上のつき合いがあるのがいて、今でもごまを擂って、上には極端にこびを売るので同期はもちろん女の子まで全てに嫌われているらしいとか。
いじめられたほうは、親の跡を取った。
今でも、あの公園を自転車で通り過ぎる毎日とか。
結局、いじめには自己防衛しかないのかな?
先生は当てに出来ない。自分を鍛えるしかない。この事件は、それを物語っている気がする。
名前:麗
100年06月05日00時22分
私のクラスにもイジメがある。(と思う。)
しかし、皆様がここで言われている、「イジメ」とは、少々、イヤかなり違うものかも知れない。
「と思う」と括弧書きにしたのも、そのまま、確信的でないからだ。
違うというのは、「楽しいから」とか言う理由じゃなくて、「嫌いだから」と言う本来の(?)理由からなのだ。
クラス全員の内心を敵に回している、だが、それは自分が悪いのだから仕方ないと思う。
さらに、担任は?と言うと、この人は面倒なことが嫌いで体罰も何とも思わないような人だろうと感じられる人間だ。
いや其れはおいておいても、一部の人間を中心に無視をする。これはイジメなのだろうか?
逆に一部の人間は、良心から話しかけられたら、話しているようだが、其れが勘違いの素でもある。
高校生がよく使う言葉。「きもい」まさにこれに合致するのである。
キモイヤツを無視して何が悪い?担任が何を言ってきても正論を通して、勝つ自信さえある。
しかし、倫理的には、悪いことなのであろう。いっそのこと、そいつが学校を辞めてくれれば、万事解決なのだが、
進学校なだけに其れは考えられないだろう。
ここにも、ひとり。行為を悪いと思ってない人間がいる。これについて皆様に状況も含め御意見頂きたい。
名前:パットン
100年05月29日19時08分
いじめが何故なくならないか?それは人をいじめるのが楽しいからでしょう。いじめる側の人にとってターゲットは誰でも良い。リアクションがおもしろくて抵抗してこなければいいんです。
いじめてる人は自分がいじめをやってるなんて夢にも思ってないんじゃないかな?ただ楽しいからやってる。そこには他人に対する思いやりなんかかけらもないでしょう。いや、楽しいことをやってるから思いやりなんか最初からないか。集団でやるのはみなさんいってるように一緒にいじめないと今度は自分がいじめられるっていうのも確かにあるでしょう。それともう一つ、そこには連帯感があるんじゃないかと思う。みんなで力を合わせてなにかをする、これっていいことだよね。その達成感ていうのは何物にも変えられない。でもそれがいじめだったらどうだろう?昔の子供だったらみんなで一緒に遊ぶ事なんかで連帯感を感じていたんだろうけど、今はみんなで一緒に遊ぶなんて事はあまりないんじゃないかな?子供達といのは大人と同じように一人じゃ生きてはいけない。いや、大人以上に仲間ってのは必要だとおもう。ところが、今は勉強勉強で遊ぶこともなく、また仲間も少なくなっている。そう、連帯感(一体感でもいいな)を感じることができにくい。子供はさみしいと思うんじゃないか?親もかまってくれないし。
だから今、子供は人をいじめることで楽しさを感じ、またみんな一緒にやることで連帯感を感じてる。だからいじめはなくならない。楽しいと思う事も連帯感を感じる事も子供達にとては重要な事だからね。
ではどうすればいいのか?人をいじめちゃいけません!っておしえる?あんまり意味ないと思う。何故っていじめてるっていう事自体意識してないのに、いじめはだめって言ったってわからないと思う。楽しいことをやってる、ただそれだけなんだから。
だからかわりの楽しいこと、連帯感を感じることができることを与えるのがいいんじゃないかと思う。いや、与えるんじゃなくてやらしてあげるっていうほうがいいのかな。大人はなんでも禁止したがるが、子供だって馬鹿じゃない。あんまり過保護すぎるのは子供にとって良いことはない、逆に悪影響が大きいとおもう。大人は子供に自由をあたえるだけの器量が必要だろうね。
個人の自由って事が今言われてるけど、子供にはない。それは過保護の名の下に大人があたえていないから。といって無条件に与えてもいけない。そんな事をすると子供は勘違いする。こう考えるとむずかしいな、大人が自由という事をちゃんと理解しないといけないし、またどの程度与えればいいのかも考えないといけないし。思うに結構子供に関しては昔のほうが自由だったのではないだろうか。
話がそれたけど子供にいじめをやめさせるには楽しいと思わせない事が大事なんじゃないかな?
だからといって体罰はいけない。やるなら徹底しなきゃ意味ないし子供は反発するだろうしな。
もっとほかに楽しいことを見つけさせてあげると興味はそっちにいくだろう、それと子供が楽しいと思うことを子供自身でみつけたなら、大人はそれが悪い事ではないかぎり邪魔しない事。
それだけでいいんじゃないかな?善悪を教えたところで正しく理解するのは難しい事だし、まして子供は善悪以前に楽しい事を優先してやるものだしね。
それでいじめられる側はどうすればいいのか?それはな、自分をいじめてもおもしろくないぞって思わせればいい。自分がいじめられている時、相手はなにが楽しいのか考えてごらん。わかればそれをさせないようにすればいい。いじめて泣かすのが楽しいみたいだったら絶対泣かない。
無視されたらこっちも相手を無視してやれ。ふーん、だからどうしたって感じでな。いじめの無視ってのは相手が悲しそうな顔してたりするとよけいおもしろがってやるものやから、平気な顔してればいい。その間誰も話してもらえないかもしれないけど、相手はそのうち飽きるから。
そうしたらこっちのもの。その相手には二度と無視されることはない。
むきになって反発するのをおもしろがっているようなら、むきにならず「なあ、おまえら楽しいか?」とか、「だからどうした!」とか冷静な口調でいてみなよ。相手はたじろぐから。これらの注意点は一回やっただけじゃ駄目って事。毎回毎回繰り返す。そのうち相手はおもしろくなくなって相手にしなくなる。どや、簡単やろ。ちょっと勇気いるかもしれないけれどがんばれ!
いじめを解決するのは自分しか出来ないことなんやからな。誰かに助けてもらっても意味ないで。たとえば担任に助けてもらったとしてもクラス替えで離れたらまたぶりかえすだけなんやから。
名前:以蔵
100年05月16日12時49分
子供に対して過保護すぎる親がいかん!!能力のない先生と保身にはしる校長、バカな親と甘い政府。昔のような怖くて人間味のある先生がいれば、いじめなんて怖くてできないでしょ。
ちょっとくらいの体罰(言い方が悪い、叩くぐらい)ならO.Kでしょ。
名前:一歩くん
100年04月16日19時33分
基本的に子どもの親自体がリストラだ不況だと社会的いじめに
あっている現実があります。そんな中で何らかの精神的ストレスが
子どもに向かったとしても無理はありません。すると子どもは
より弱い対象を探してそこにはけ口をぶつけるという図式が
あるかと思います。根本的にはその図式を転換しなければならないの
ですが、とりあえず、いじめられている側が何らかの対処をする
必要があるでしょう。とはいえ当の本人が直接自己主張すること
は現実にはなかなか難しいところです。ですから、まずは先生や
親などまわりの大人が子どもの異変に気づくかどうかが重要になるかと
思います。
で、もし運良く異変に気づいたならば体を這ってでも子どもを守る
という姿勢をはっきり示すことが大事ではないかと思います。
今の子どもたちは自己主張が苦手です。その原因の一つとして
他人との信頼関係が弱いという問題が挙げられます。その信頼関係を
構築することによって子どもたちに安心感を与え、自己主張すること
に対する恐怖感を和らげることが必要になると思います。
名前:あつこ
100年04月10日16時19分
いじめ?やっぱね、他人に解決を求めるべきじゃないと
思うよ。だって、解決のために余計な事されたら、いじめる相手がさ
「ちくり」と見て、よけい、ひどくなるばかりじゃん。いじめられる側は
切り出すのはつらいと思うけど、でも自分から被害者をやめる努力をしなきゃ
一生つきまとわれると思うんだ。いじめは、これからも続くと思う。
いくら、注意したからって、いじめる本人が本気で理解してるとは思えないから。
だからと言って、加害者の味方でもないけど、そうゆう被害者もそこを
理解すべきかな・・と思うんです。
名前:ふらう
100年03月15日22時01分
いっそのこと、教師の「鉄拳制裁」をOKにするとか!
名前:パセリ
100年03月09日01時15分
戦後教育のゆがみだと考えます。
いじめる人間がいて彼らを指導できる大人たちがいない。
いじめている奴らも人の痛みがわからないから加減が効かない。
周りでそれをみていて助けることもなければ、注意をすることもない。
いじめられる方も、その原因を探求したり立ち向かおうとしない。
まず、子供の時からの教育が崩れているからです。子供に「暗記型教育」を強制してその点数によって優劣を付ける。「お受験」あたりがわかりやすいと思いますが、幼児期に近所の子供同士で泥まみれになって遊んだり、悪戯をして叱られたりしていないため、ことの善悪を判断する能力に欠けている。いじめは近年始まったものではないでしょう。昔からあるわけで洋の東西を問わずあると聞いています。いじめる奴らも、いじめられる奴らも、周りで無視してみてる奴らもそして周囲の大人も精神的に未熟だからでしょう。
名前:ようすけ
100年02月27日22時45分
いじめてる方は、人のいやがることをしているので、悪いです。
ただ、いじめられている方も悪いと思います。
責任、解決をまわりにまかせて、自分は被害者。っとゆうのが多いです。
「俺は自分で解決したのに、おまえら人まかせか!ふざけんな!!」っと言いたい。
名前:麗
100年02月24日09時52分
Amuさんへ(いえいえ、返事ありがとね♪)
ふ〜ん、いたわりじゃないか・・・
なんだか、イジメはダメじゃないって感じになってきたぞー!
でもね、ぼくが流されてるって言ったのは、人間対人間の事じゃなくて
船は苛められてる人、荒海は社会、状況また、強いて人にするのなら
周囲の人間全部です。
水の中に小石を放ったならば、確かに波紋が出来るだろう
しかし、この海は違う、四次元とも言うべきか、小石程度ならは波紋を起
こすどころかたちどころに消えてしまう・・・一人ひとりが、大きかったり小さかった
りする石を持ち、放ることも出来るだろうが、小石の持ち主ならば音を立てること
も難しいかも知れない。だから、言い方は悪いかも知れないけど
大きな石を持つ人を利用するのだ。
それが、いじめ脱出の自主的な手段だったのかも知れない。
「あくまでも悪い言い方をして」だから、本人はそうと気づかずにしている場合が多い
と思いますがね。
最後に・・・
オールって船の片方だけつまり、一人だけで漕ぐと、その場をクルクル回っちゃうんだよね。
名前:Amu
100年02月24日08時11分
麗さんへ(遅くなってすみません)
>何とかしようとしないのではなく、出来ないと言うのが現状ではないでしょうか?
出来ないなんて、所詮甘え。いじめられて解決は不可能なのですか?
舵と帆を失ったならオールで漕げ!と僕は言いたい。
微々たる努力をせずに匙を投げてる。無理だ・・・と。
出来ないというのは考え得るすべての解決策を実行した上でのこと?
自分が変わらなくてはダメ。
他力本願で解決できることなんて自分でもできる程度の問題です。
そもそもいじめをする側される側は、同じ人間です。
それを荒れ狂う海とボロボロの船という立場にもっていってしまったのは誰?
荒れ狂う海でその船は適応性を持ち合わせていなかったのです。
>まるで、全て、「されるから悪い」大袈裟に言うと「するのは、息をするのと同じだ」そんな感じすら受けられます。
いじめるのは悪い。しかし、苛める側のみに責任を求めすぎていませんか?
前にも言った通り、苛められる側にも何かあるのでは?
そうでなければ、いじめが無差別でないのに説明がつかない。
>強者は、弱者をいたわるべきと 感じます。
そんな無償の愛を振りまける素晴らしい人間は滅多にいません。
仮にそんな素晴らしい人がいても、それは極端に局部的で
絶対に普遍性を持つことは出来ない。
いたわりに代償を求めればそれは「いたわり」ではない。
名前:k
100年02月23日22時35分
どうも一般的にはいじめは悪いことのように思われているみたいだけど、私はそうは思わないな。悪くないよ。いじめる奴もいじめられる奴も。いじめはいじめっていうただのひとつの現象にすぎないさ。犬がその辺の道端でおしっこをするのと何ら変わりないよ。それをまわりや大人たちが、「うわー、あんなところで犬がおしっこしてる」って騒ぐからいけないのさ。そんなの犬がかわいそうさ。生きてる限りおしっこは出るんだし、犬はトイレでおしっこをする方法を知らないんだから。大切なのはいじめられている子に勇気を与えることさ。いじめてる子を押さえつけることでも、いじめをなくすことでもない。お父さんやお母さんや友達や近所の人が、慌てず騒がず、「いじめられることは何にも恥ずかしいことじゃない。君はもっと胸を張って自信を持って戦えばいいよ」って戦い方を教えてあげればいいのさ。上を押さえつけるんじゃなくて下を誉めて勇気を与えて持ち上げてあげなければならない。それが個別的にいじめに対処するための唯一の方法さ。なぜなら人が二人以上集まれば絶対にどちらかはどちらかに対して何かの面で弱いのさ。だからいじめは永久になくならない。だけどある人間があることをきっかけにしていじめを克服することはできる。いじめられている側が自分の力で克服しなければそれは意味がないんだ。だから、いじめいじめと言って無責任に騒ぐのはもうやめよう。だまってすぐにいじめられている子のところに行って一言言ってやればいいんだ。「俺は君を応援している。だから負けるな」って。必要なのはただそれだけのことさ。ようするにみんな騒ぎすぎなんだ。味方がいるってことを教えてあげるだけで十分なのに。上から見下ろして議論していることになんてなんの意味もないのに。子供の世界なんて毎日が戦争なんだぜ。
名前:ケイ
100年02月22日04時18分
ども、はじめましてです。
いじめかあ。難しいですねえ。
なんかいけないとわかっててもやめられないことってあるじゃないですか。
いじめがハッピーなことだなんていう人は誰もいないと思うんだけど、
それでも絶対にいじめはしないかと聞かれると、やっぱり自信が無いと答えるしかないです。
いまの子供たちだって、頭ではいじめがよくないことだと知ってますもんね。
それがわかっててもやめられない。いじめってたぶん気持ちいいんです。
どなたかもおっしゃってたけど、いじめを根源的なところで人間と切り離すことは
無理なのかもしれません。というか、個人的にはそういう人間のダークサイドを
なくしてしまおうって考え方にはちょっと違和感を感じてしまいます。
ただ、根源的な解決が難しいからといっていじめを見過ごすわけにはいきませんよね。
そのつど対処療法していくしかないのかなあ。僕はよくわかりません。
例えばカウンセリングとかって、それなりに効果を上げてたりするんですかね?
名前:一般人
100年02月21日18時15分
しばらく留守にしました一般人です。
みなさんのご意見を拝見さしてもらいました。
「いじめは悪いことだから無くそう」派、「悪いけど仕方がない」派、いろいろ人それぞれですね。
ま、みなさん「悪い事」っていう考えをお持ちな事は確かですね。
「子供たちに任せよう」派はいませんね。
そりゃそうだ。
みなさん真剣に考えてらっしゃるからね。
私はこの問題に付いて無神経な人が「いじめ」作ったのではないか?と思います。
問題を投げ出すのは簡単です。しかし必ず見かえりがきますよね。
ごく稀に知らん振りした方が解決に向かう場合もありますけど。
私は「いじめ」をなくしたいと思っています。
たいした事じゃないけど子供達に対して努力もしています。
子供達が傷つくのが耐えられないからです。
私は人生は楽しく有るべきだと思ってますし、その人生の取っ掛かりにいる
子供達も特に楽しくあって欲しいと思ってます。
つらい事、悲しい事あって人は成長しますけど、「いじめ」は
悲しすぎます。どう考えてもプラスに働きません。
偽善者と思われても構いません。悲しい事を好む人には。
名前:麗
100年02月20日20時20分
Amuさんへ
やっぱりそれは、主観と客観の違いなのでしょうか?
ぼくはあなたの意見を見ていても、否定的な考えしか浮かばない・・・
>「いじめの無い社会を創ればイイ」なんて夢物語。
「夢」と言うことは、やはりそれがよいとされてる、そうですよねぇ。
確かにあなたの言う通り、弱いから苛められる、そして、自分で何とかしようとしないからそれは続く・・・何とかしようとしないのではなく、出来ないと言うのが現状ではないでしょうか?
そうだとすれば、それは、舵と帆を失った船のようにただ流されるしか無かったり、救援を要請するが、唯一とも言える手段になるのではないでしょうか?
順番がバラバラで悪いのですが、
>苛められるというのは、その社会において適応性が足りなかったのではありませんか?
苛める側に問題はないのでしょうか?まるで、全て、「されるから悪い」大袈裟に言うと「するのは、息をするのと同じだ」そんな感じすら受けられます。
弱者と強者は認めますが、ぼくの倫理では、強者は、弱者をいたわるべきと
感じます。
名前:Amu
100年02月19日17時32分
麗様へ
>実際ぼくという人間、個性は、イジメを本能的に拒んだ。
それは少し違うと思います。
いじめを拒んだのは、あくまで貴方の理性、良心の呵責です。
では理性がイジメを無くせるかというと、それも違う。
理性で塗り固めたような人間なら話は別ですけど。
理性と本能的な感情は両極ではない。
どちらが勝るかはその時の状況と、個人の「倫理」の比重でしょう。
>あと、何故
>>個性、人権がある限りイジメは無くならない
>こう思われたのですか?
人権があれば、黙秘権もあるし、無理な取り調べもできない。
被疑者を一日中監視することもできないし、証拠が無ければ家宅捜査もできない。
教員などが追求しすぎると名誉毀損で訴えることも可能な場合もある。
個性があればある対象において劣等が生じる。
そこでは立場の上下が発生し、弱者と強者といった概念を生むにいたる。
皆さん、イジメを客観的に見るのはいけないことなのでしょうか?
僕はイジメをしたことも、されたこともありません。体験主義者ではないので議論に参加させて頂いています。
苛められるというのは、その社会において適応性が足りなかったのではありませんか?
イジメの原因を考えてください。「理不尽」な暴力。
ではなぜ無差別じゃないんですか?なぜ狙われるのとそうじゃないのがいるんですか?
弱いから?弱いのは誰の責任なのでしょう?
いい加減教育だとか社会に責任を押し付けるのやめません?
キレイ事言って「大人一人一人が努力すれば・・・」
そんなのは子供の依存心を増長させている性質の悪い一人相撲に過ぎない。
常に隙を見せなければ苛められることなんて無くなると思いますよ。
「いじめの無い社会を創ればイイ」なんて夢物語。
名前:麗
100年02月18日23時55分
Amuさんへ
不可抗力ねぇ、何を考えずたわけでもなく
ただ何となく・・・で苛められてたんでは、悲しすぎるよ。
Amuさんは、程度は別としてイジメをしたこともしくはされたことはありますか?
ぼくはその両方を、体験したことがあるのですが、イヤになった。。。
どちらの立場に立っても。
>個性、人権がある限りイジメは無くならない
それ、少し違うと思うよ。実際ぼくという人間、個性は、イジメを本能的に拒んだ。
そんな人間は、人口の数%にしか満たないかも知れないけど、中にはそんな奴もいる事実を
忘れないでください。。
あと、何故
>個性、人権がある限りイジメは無くならない
こう思われたのですか?
でも、各中学校などに置かれた、相談室ってイジメ自体を絶つことが不可能だから
学校側が受け身をとったのでしょうかね?ぼくはそんな気がします。
だとしたら、文部省もイジメなんて無くならないって思ってるのではないでしょうか?
国の頭の機関が、そんな考えだとしたなら、いったい誰がイジメをなくせるというのでしょうか?
それは、国民主権の言葉の下において、一人ひとりの精神、倫理、教育を改善すべきなのではないでしょうか?そのためには最後に大人にたどり着いてしまう気もします。
名前:Amu
100年02月18日22時18分
ボルケーノ様
いえいえ殿なんて全然気にしてませんから
御気になさらないで下さい。
「様」もなにも付け無くて結構ですよ。
きっと僕のほうがガキですし。(年齢的にね)
では
>欲求は理性の産物ではない
食欲、性欲、睡眠欲は本能的な三大欲です。
その三つは理性云々ではありません。
高等動物のほぼ全てが持っている欲求です。
そこだけで考えれば「欲求は理性の産物ではない」。
しかし、名誉、知識、金銭、といった概念の無い、つまりは
理性の無い動物にそれらの欲は皆無です。
だから理性の(知恵ともいえるかもしれませんね)副産物の一つが欲なのです。
前にも書きましたがイジメを無くしたいなら
学校教育を画一化すべきです(僕はこんな事は望みませんが)
個性、人権がある限りイジメは無くなりません。
ボルケーノ様が書かれた通り、減らすための特効薬をだれも知りません。
というより、ありません。
本題の「どう見る」に対しては「不可抗力」ですね。
名前:ボルケーノ
100年02月17日17時18分
Amu様
まずはご指摘の殿について。
私は殿を目下の相手に使う言葉とはおもっておりませんし、そういう
つもりで使ってもおりません。
広辞苑の”どの”の項を引いていただけばお解りになるとおもいますが
他人の氏名・官名の下に添えて敬意を表わす語、様よりも敬意が軽い
となっております。
私は悪気はなく、ただ同じ書き込みをした仲間として、軽い気持ちで殿を
用いたのですが以後は気を付けて様といたします。お許し下さい。
さて、
>感情と欲求は違うと思います。
おっしゃる通りだとおもいます。感情=欲求ではない、とはおもいますが
でも欲求は理性の産物ではない、ともおもいます。いかがでしょうか。
>しかし人間は理性の動物故に支配欲があり
理性がある故に…欲がある、というのは少し違うのではないかと。
貴方もよくごぞんじの食欲、性欲、これは理性から出てくるのでしょうか、私は
理性でおさえるものだとおもっています。
とまぁこんな具合におもうのですが、いかがでしょう。前の書き込みは少し
言葉がたりなくて誤解を(いろいろ)まねいたようです。
そこで本題のいじめについて
一般人さんの
>「いじめ」を完全になくす事は不可能かもしれませんが、
努力することはできると思います。つまり子供をしつける事。
「いじめ」とはどんなものか教える事。
社会的ルールを守らせる事。
現代社会においては、これらのことの最低限すら「大人」が
出来ないでいるように思います。
私が、「成熟していない」という表現をしたのもそこにあります。
のとおりだとおもいます。
人間が動物である以上、弱肉強食はなくならないし、いじめも
完全には無くならないでしょう。
でも少しでも減らすように努力するのは、理性を持った人間の義務
でもあるでしょう。ただどうすればいいのかという特効薬的な方法
は誰にも解っていないので、苦しいところですね。
名前:Amu
100年02月15日22時23分
ボルケーノ様
感情と欲求は違うと思います。
仮にそれらの欲求を「感情」と呼んだとします。
そうするとこの世界は全て、「感情」にまかせた
振る舞いの副産物ということになります。
名誉欲、金銭欲、財欲、知識欲などの
賜物が私達の住む現代社会ですよ。
だから感情と欲求は違う。
そしてそれらの欲求が現代社会の
根本であり続ける限りいじめはなくならないし
欲求に取って代わる現代社会の根本が生まれてくることも無い。
ちなみに殿とは目下の相手に使う言葉です。
別にいいけど、こんなことは・・・。
名前:ボルケーノ
100年02月15日19時02分
Amu殿
支配欲、名誉欲は感情だとおもう。
感情にまかせて振る舞うことがいじめにもつながるのではないだろうか。
それを抑えるのが、理性をもった人間といえるだろう。
名前:Amu
100年02月15日17時22分
一般人さんへ
大人云々ではない、と言いましたが
確かにいじめの原因の根本的な責任は大人にあるでしょう。
ただ僕は
>日本人は何か共通な目的がないと、
>仲良くなれません。気持ちが成熟してないんでしょうね・・いい年した大人も。
と言うあなたの言葉(?)の「日本人は」といったところに
間違いがあるのではないか?と思って
アメリカの例を出したまでです。
まぁ人間の人格形成なんて後天的な物でしょうから
育児の責任を担う大人の責任は
社会的に見ても重大であることは明白でしょうね。
しかし人間は理性の動物故に支配欲があり
名誉欲があります。これらを満たす、または
自分の立場の確立の手段の一つがいじめであるとは
考えられないでしょうか?
名前:ピカード
100年02月15日02時22分
いじめ問題と少し離れてきたので、議題を提案しました。掲載されましたらそちらの方でやりませんか。
名前:ピカード
100年02月15日02時20分
一般人さんに同感です。現代社会には、成熟という観点で問題がありそうです。非常に難しいのはわかっていますが(机上の空論になったとしても)皆さんはこの問題(*)にどう立ち向かおうとしておられるのかをできれば具体的に聞いてみたいです。 *大人が未熟なため、社会に、家庭に、教育に支障をきたし、子供たちが環境という観点でその犠牲になっているという問題。
名前:一般人
100年02月14日23時46分
Amuさんへ
そうねー。そうかもしれない。
いじめなくすには、宗教とか、ロボットとまでいかなくとも某社会主義国家のように、
国家ぐるみで洗脳しちゃうとかするしかないのかもね・・・
って話が終わっちゃいそうですね。
でも、しつけのできない大人がいるのもまた事実。
「いじめ」は教育の問題ですから、大人が責任を取るべきでしょう。
「いじめ」を完全になくす事は不可能かもしれませんが、
努力することはできると思います。つまり子供をしつける事。
「いじめ」とはどんなものか教える事。
社会的ルールを守らせる事。
現代社会においては、これらのことの最低限すら「大人」が
出来ないでいるように思います。
私が、「成熟していない」という表現をしたのもそこにあります。
それとアメリカのお話がありましたが、ここは「日本のいじめ」について
考えるところじゃないの?
ま、話の引き合いに出されたんでしょうけども・・・
名前:Amu
100年02月13日23時35分
一般人さんへ
あなたの意見から察するに、いじめがあるのは
成熟していない大人の国、日本だけであると?
アメリカで高校生二人による校内での銃器の乱射事件が
最近あったのはご存知ですよね?
原因はいじめです。主に体育会系の人によるいじめに
対抗するため、トレンチマフィアになっていた少年達がいじめに
耐え切れずこのような事件を巻き起こしたとされています。
アメリカでは体育会系によるいじめが大変激しいそうですが
彼らの親も成熟してないんですね、きっと。
成熟している大人の国があったら紹介してほしいものです。
いじめを無くすには大人云々ではなく、個人の倫理観の問題だはないでしょうか?
では倫理をどうすれば言いかというと、統一すればいい。
とまで言っちゃたらもう宗教に頼るしかないですね(爆)
あとはいじめなんて、ストレスのほかに力の誇示でもあると思います。
だったら力関係の上下を無くせばいい。
そしたら全ての画一化をはかってロボットみたいにするしかない(爆)
結局現代社会におけるいじめを無くすのは不可能ですね。
日本だからとかアメリカだからとかじゃなくて・・・。
名前:麗
100年02月12日23時54分
takaさんへ
まず。ふつーにすごしてたら、何もされることはないよ♪
でも、もし先輩が手を出してこよう態度をとるのならば、裁判沙汰でも起こすと言う態度で挑まなくてはいけない
気持ちで負けてたらダメだよ♪
相手は、たかだか14〜15年しか生きてないそう考えてみるとはかり知れるものだケンカが強いからなんだ!今の世の中に腕力なんて大きな力は占めない。
だから何とかなる、けどあなたの最後のフレーズが気にくわないな
>どうにかしてほしいです!!
物事は不満があるのなら自分でなんとかするものだ!
もう2ヶ月で、中学生になるのならば他の人に甘えてばかりいてはいけないと言うか他人に頼りすぎるな!
名前:taka
100年02月11日21時09分
僕は小学6年生です4月からは、中学生になるのですがいじめが
多いと聞きましただから私立に行きたくても、中高行かないといけないところばかりで
しぼうの高校にいくには普通の中学に行かなくてはなりません
どうにかしてほしいです!!
名前:一般人
100年02月05日20時37分
問題を考えるのが好きな性質なので、
ちょっと書きこみします。「いじめ」の問題。
いじめに限らず、日本人は何か共通な目的がないと、
仲良くなれません。気持ちが成熟してないんでしょうね・・いい年した大人も。
大人がそんなんだから子供に到ってはもっとその傾向があると思います。
極論を言えば、いじめ=「共通の敵(いじめられてる子)を攻撃する。」という
共通の目標の為にみんな仲良くする。
こういう図式です。
学校に限らず組織の中には必ずありますから。
最大の責任はわれわれ大人にあります。
ところが、これも日本人の特徴であり汚点なのですが、
責任を誰かに押し付ける。もしくは背負えない。
つまり、他人の痛みなんか知ったこっちゃないということですね。
結論。
いじめ問題を真剣に考えるのなら、まずバカな我々大人の方から
意識を変えていきましょう。
大人が素直じゃないと子供も素直になれません。
名前:おやじ
100年02月04日00時05分
主観的なものの見方かもしれないが、極論を言えば”いじめはなくならない”ということだ。
おそらく、人間がもっている遺伝子的構造を抜本的に排除しなくてはならないだろう。
それは、現代社会がもたらした荒廃した環境による部分が多いと思うのだが、一度人類が死滅
し、新しい思考を持った人種が誕生すれば問題は解決されるであろう。
そのくらいのレベルで見ないと、何時までたっても繰り返されるだけである。
と思っていたが、そう考えるのは間違だという事に気付いた。
根気よく対処する努力が今は必要だ。決して人事のように見てはいけない。
おそらく、ここに書き込んでいる人はいじめられた事も、いじめた事もない人間が多数
だと思うが、それゆえに真剣になって考えて欲しい。
いじめられている人間は時間がないのだ。何故って?それは聞くな!
社会に適応できない人間になって欲しくないから、なんとかしてやりたい。
逆にいじめる人間は、もうやめろ!
人様に迷惑をかけるなって道徳の時間に習っただろ!(迷惑とは幅広い意味)
自分の都合で考えるな!もっと大人になれ!
今はこれしか言えない・・・
実体験がないから、偉そうな事は言えないからね。
名前:あい−ん
100年02月03日23時58分
いじめとは何か?
私が小学生のとき、クラスの女子の密告により、ある一人の男の子を、男子数人でいじめていることが発覚。(私もその中にいました)学級会で取り上げられ、槍玉に挙げられ、さらし首になりました。まあ、結果としてその日の内に、彼に謝罪しました。が、彼は、いじめられてるつもりは毛頭ない。と、謝罪を受け付けませんでした。それもそのはず、私たちもいじめているつもりはなかったからです。ワーワー騒いで遊んでいただけなのです。(プロレスごっこだったかな?)
クラスの女子にはいじめに見えた。そんな甘くせつない物語でした。
名前:ボルケーノ
100年02月03日22時33分
人間は動物なのだから、種として弱肉強食の原理を遺伝子の中にもっているの
だとおもう。強い者が弱い者を倒す、これは動物の本能だろう。
だが人間は動物でありながら、一般に言うところの「動物」をほんの少しだけ
超えた存在だとおもう。人間は理性というものを持つに至った。「考える葦」
になったのだ。
理性を持った動物が人間だとすれば、理性を持たない人間は動物そのものとい
うことになる。弱肉強食という事態が起こるのは当然のことだ。
ところが、最近の子供?若者?には理性を持たない、或いは持とうとしない
ものが増えているのではないだろうか。原因は何なのだろう。
社会?学校?家庭?etc… もちろんそれが解れば苦労はないのだが。
私は、その一端は親にあるとおもっている。
現在小学生〜高校生位の子の親達を知る機会が多いのだが、ありゃあなんなん
だ。親などというものではない。ガキだ。あんなガキが育てた子供に、理性な
どが発達するはずがない。親自体にそんなものが無いのだから。
もちろん全部がそうだというのではないのだが、なんとも呆れた親が多いのは
事実だ。
先ず親を人間「考える葦」にする必要がある。
だがそれは無理というものだろう。
親を教育出来ないということは、子供を教育出来ないということだから、奴ら
に理性を持たせるのは至難の業ということになる。
つまり、弱肉強食=いじめは、無くならないということだ。
名前:麗
100年02月03日17時33分
なるほどなるほど。
だけど、まだ何かがひっかかりますねぇ。。
なんだろう?・・・そう、いじめる側だ。
ピカードさんの意見を聞いていると、弱肉強食の原理から
いじめられる側はしょうがなくて、いじめる側は、悪くないように感じられます。
>人間は理性を持ちながらもまだまだ欲と感情の動物です。
あなたのこの意見には、大賛成です。拍手喝采です。
だけど、それをイジメという形で発散するのも、いただけない。
そうじゃなくても他のなんらんかの形で晴らせるはずです。
だって、日本は娯楽のために随分力を注いでいるのですから、そこに向けたらいいとは思いませんか?
対人間に、怒り恨みなどのマイナスのエネルギーを向けたなら当然その人は、不快に感じるでしょうし中には死を選ぶ人だっている・・・
そう考えたら、ストレスの矢尻を、人間に向けることしかできない人はそこに弱さがあり、そして、ソレを強いと勘違いして毎日弱きをいじめる者が存在している事実は、悲しくそして、恥ずべき事だと思います
名前:ピカード
100年02月03日03時46分
麗さんのおっしゃる事にも一理アル。こうはっきり言ってもらえると嬉しいものです。コメントさせていただくと、まず「良い方向へとは限らない」について、その通りだと思う。でも「いくかもしれない」とも予想するのである。そして良くなるように何ができるか考えるのだ。その策を練るために不完全ながら最善を尽くして現状を分析したのである。つぎに「仕方ないと思う」かどうかだが、まあ個人差ですね。私は思います。危害を加える人に対して、なぜ彼らがそうしているかを察するに、結論として「仕方ない」のです。次ぎに「小人数が副産物を背負う」についてだが、それは弱肉強食の原理。人間は理性を持ちながらもまだまだ欲と感情の動物です。いじめられる人にはある弱さがある。それを守り支えるのは理想的で理性的なことだが、現実にはできない人が多い。日本は平和だが、自然の原理の中で生きていることを忘れないようにしなくちゃね。いじめはないほうがいいというのには賛成ですね。私もそのためにできることをしたいと思います。最後に、こんな短い文じゃ言いたいことも十分表現できなくて困ってしまうんだけど私が「被害を最小限にする」といったのは、いじめに泣き寝入りする事ではありません。社会が根源的に改革されていじめを撲滅できるのはまだ先のことなので、急に理想を望むのではなく解決しない現状を受け入れてタエシノブの言う意味です。最小限にするためにはもちろん全力でがんばるということなのです。
名前:麗
100年02月02日00時04分
ピカードさんへ
あなたは、間違ってる!
確かにそれで変わるかもしれないが、
決して良い方向へと流れるとも限らない。
>被害を最小限にとどめるようにすべきです
そんなこと言っても、当人になったときあなたは
「サイクルのためだから仕方がない」とか思う事が出来ますか?
仮に、イジメが社会の副産物だとしてソレをなぜ、特定の人間が
少人数で、背負わなくてはいけないのか・・・
自分から背負って立ちたいという奇特な人間に対して
の権利はあっても、義務はないはずだ。
イジメなんてない方がイイに決まってると思います。
名前:ピカード
100年02月01日01時31分
人間がいじめをするのはしょうがない性質です。それが顕著に表れている現代はバランスを欠いています。私の見解ではいじめは副作用です。現代社会は戦後築かれた良き社会を一旦否定し、次世代に進化させるべく様々な歪みを生じていますが、変わるためにはしょうがないことだと見なします。景気不景気のサイクルのように、創造と破壊もまたサイクルなのです。我々は現状にいおいて、耐え忍び、被害を最小限にとどめるようにすべきです。
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