少年犯罪と日本社会との関連
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名前:*アンナ*
101年06月19日00時24分
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あたしは中三です。
みんなは、非行に走ってしまった人達の寂しさをわかって言っているんですか?
あたしだって非行に走ってる人をみれば、
楽しそうで何よりで。あたしは勉強しなきゃだし。って思ってた。
でも本当は、非行に走った人ほど辛い過去をもっていて、
親から大人から愛情をもらった記憶のない人達なのです。
無理矢理勉強させられて辛くて落ち込む。
マイナス思考になってみんなが自分の悪口を言っているように思え、
最初は悲しいと思っていた感情も、どんどん怒りにかわってくるんです。
そうしてあの人は暴走族に入ってしまった・・・。
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He want LOVE
++++++++++++++++++++++++Thank You++++++++
名前:よんだぱんだ
100年09月16日17時08分
なんだか書き込みが少なくて寂しいです・・・。
最近テレビで去年〈?〉好きだった女の子を登校途中に殺害した少年の犯行日記が話題になっていますね。なんか、すごい内容でびっくりしました。さかきばら事件も背景にあったとか言うことで・・・。あと、少年院(?記憶が定かじゃなくてすみません)からある女の子に宛てた手紙の話も見て、複雑な気持ちになりました。少年は、凶悪な犯罪を犯しても、その後の人生は長く、更正の余地が十分にあるという理由で少年法などで保護されているのに、あまり変わらないのはどうしてなんだろうと。表向きでは本人の可能性を期待しているはずなのに、あまり変わっていないということは行政等の怠慢のような気がしてなりません(本人の性格をがらっと変えることはできないと思いますが、自分のしたことについて反省したりすることはできるはずです)。実際、予算の関係などで、少年院に入所しても、決められた期間より早く出られることも多いようです。身の回りから犯罪を無くすように勤めるのが教育機関や、私たち一般の大人ですが、2度と犯罪を犯さないように更正する教育をするのは少年院や刑務所などの役割ではないでしょうか?予算がどうのとかいうより、犯罪を増やさないということのほうが明らかに大切だと思うのですが・・・。私のちょっとした知り合いの方で警察官をなさっている方がいるのですが、最近の悪さをした少年は大人よりもたちが悪くて大変だといっていました。なるべくそういう人が減ってくるといいのですが・・・。
なんだかとりとめがなくなってしまったので今日はこの辺で。
名前:はちみつ
100年09月03日22時03分
新しいほうに書きこもうかと思ったんですけどやめときます。(^^)
はてさて、私もよんだぱんださんの意見に概ね賛成です。
少年法の改正などの行政的な部分での変化も現状を変えるのに
必要ですが、もっと身近な人の手助けが必要なのだと思います。
私の意見を付け加えておきます。
私的には、近所のおじさんおばさんに期待するよりは
親が自分の子どもに対してきちんと怒れるようになるのが一番だと思います。
電車やバスでうるさくしている高校生などがいるというのは
小さいときからそう言ったことで怒られていないからではないでしょうか。
まわりに迷惑をかけているということがわからないのだと思います。
だからその事で他人から怒られても「何で俺が怒られるんだ」ということになるのでは
ないでしょうか。
しかし、最近ではこのような「なぜ怒られるのかわからない」人達が親になる世代に
なってきました。
虐待などの急増にその実態が現れていると思います。
昔は結婚して子どもができた後も、子育て、怒り方などを教えてくれる人が
いたものですが、今は親との同居を拒む人が多いです。
はたして誰が「親」を教育するのでしょうか?
子どもに親は選べないのです。
名前:よんだぱんだ
100年08月31日11時23分
こんにちは。またまた登場です。言いたいことがたくさんあって洪水状態です。
マッカートニーさんは犯罪を起こすような原因を「心の病気」とおっしゃっていますが、微妙にニュアンスが違うように思います。確かにはたから見れば病理的なものに見える場合もありますが、病気とまではいかないでなにか心に秘めたつっかえのようなものを抱えている「心の悩み」から犯罪を起こしてしまうケースのほうが多いのではないでしょうか?たしかにまだ心の悩みを気軽〈?)に相談できる場所は少ないので、私ももっと増えてくれることを望んでいます。学校にカウンセラーを置くとか(計画はあるんですが、その後がよくわかりません。調べてみます)。まあ、国がそれをどのくらい重要なことと考えて、予算を立ててくれるかはわからないですが・・・・・・。
でも、やっぱりカウンセラーを置いただけで満足してはだめなんです。カウンセラーがどのような存在になるかはわかりませんが、どうしても受身になりがちなんです。もっともっと身近なところで少年に寄り添い、理解してくれる人がいるのが一番いいとは思うんですが(理想論ですかね?)・・・・・・。「ちょっと様子がおかしいからカウンセラーに相談させた。これで一安心」ということにはならず、その人の例えば反社会的な傾向を治すためには長い目で見てあげなければならないし、その原因は本人だけでなく、周りにもあったりします。カウンセラーを置くにせよ、やはり周囲の人の存在、手助けは必要不可欠になります。
>反社会的精神を修正出来る教育者を育成し機能させることです。
これは結構すぐできて、しかも効果的なことかもしれません。その教育者というのを専門機関にするのではなく、我々が行えばよいことですから。今、ビシッとものの言える人って少ないですよね。みんながそんな風になっちゃ疲れちゃうけど、やっぱり雷親父や近所のうるさいおばちゃんって必要だと思います。隣近所との交流がないというのも子供たちの考え方や、経験に影響していますよね(こんな表現、言い古されているのに・・・・・・)。口うるさい人もいることにはいるけど、自分勝手に怒っている人のほうがよく目に付きますよね。例えばバスや公共機関の中でうるさくしている人たちに注意できたりする人って少ないですね。たまにいたとしても、受け止めるほうがきちんと「自分が悪かった」と反省できない(逆切れですかね?)。怒り方(注意の仕方)のうまい人もあんまりいないと思うけど(怒鳴るばっかりだったり)、怒られ方(反省の仕方)のわかっていない人もかなりいますね。それも重要な問題だと思います。私の高校までの学生生活を振り返っても、「怒られた」という事実に起こっている人が多くて、なぜ怒られたのかということに目を向ける人はあまりいなかったように思います。これも「自己中」あらわれなのでしょうか・・・・・・。
ちょっとテーマからずれてしまったような・・・。いいんですかね。すみません。言いたいことがドバドバあるので、また書き込みします。では。
名前:マッカートニー
100年08月31日01時12分
>実際にはどのような方法でそれを実行するのでしょうか?
ニュース番組のコメンテーターがよく述べていることでなんら変わりありませんが・・・。
悩みを相談出来るカウンセラー、反社会的精神を修正出来る教育者を育成し機能させることです。この事件の犯人も不登校、下着泥棒?など反社会的な行動があったようです。そのようなものが機能していれば事件は回避出来たと思います。不登校、下着泥棒で心の問題として精神科病院に相談する方は殆どおられないでしょう。もっと敷居の低いところで(反社会的な)心の病気を改善出来る機能を作るべきと考えてます。病院と学校の窓口を広げ、人材を配置するのが具体的かもしれません。
この事と少年法の改正は多くの方が考えている具体的な策だと思います。同じことを幾度も述べなくてはならず、いっこうに進まないのは、日本政治の改正スピードと大胆さの無さどと思います。少年法の改正があるらしいですが、中途半端な案で今どのような状態なのかわかりませんね。
名前:よんだぱんだ
100年08月30日13時13分
テレビを見ていても、少年犯罪が起こるたびにコメンテーターは同じことを言っていて、「それ何年か前に聞いたなー」と思うことがあります。たいていは理想論、もしくは誰か(学校・親・警察・法律)への責任の押し付け、または外国との比較のように思います。やはり、地に足をつけた土台からの変化、意見を言うだけでなくどうやったらそれが実現できるのかまで考えなければ何も変わらないと思います。
たまにあまり知識もない自分が文句ばかり言っているのがいやになることもありますが、考えつづけなければならないと思っています。しかし、そのためにはその考えを裏付ける、または実行できるか考える事をしなければ何も変わらないとも感じます。そこをあまり考えず、自分の独自の考えをほいほい言っているだけだから、コメンテーターはもっともらしいことを言っていても、何も変わらず、同じような犯罪が起きれば同じような意見を聞くという結果になってしまうんだろうなと思っています。
>精神障害と精神異常は違うものとして言葉を使用しています。精神異常者とは世間にな>じまない、ルールを守らない、周囲の人には危険な精神の者を示しているつもりでした。
>精神障害者=精神異常者ではないと受け取ってください。
マッカートニーさんなりの表現の解釈を知ることができてよかったです。
言葉の使い方って本当に難しいですよね。特にこういう強い憤りを感じる内容であれば勢いで書いてしまうところがあると思うんです。私も気をつけます。
>精神異常とは世間になじまない危険な精神の意味ですから、その精神が発展しない内に>治療または教育で危険を回避出来るのでは?という考えです。
最初に少し述べているように、私は地に足のついた考えをしていこうと思っています。その考えに基づいて質問ですが、実際にはどのような方法でそれを実行するのでしょうか?
また長くなってしまいましたがこの辺で。それでは。
名前:マッカートニー
100年08月30日01時53分
よんだぱんださんへ
精神障害と精神異常は違うものとして言葉を使用しています。精神異常者とは世間になじまない、ルールを守らない、周囲の人には危険な精神の者を示しているつもりでした。
精神障害者=精神異常者ではないと受け取ってください。
言葉の意味を理解せず不用意に使用したことを申し訳なく思います。
>精神異常に気づいていない人を見つけ、治療することによって
>犯罪を予防しようという考えからでしょうか?
私の前投稿は精神異常とは世間になじまない危険な精神の意味ですから、その精神が発展しない内に治療または教育で危険を回避出来るのでは?という考えです。
はちみつさんへ
この犯罪は事前に計画を立てていたようです。
>>そこに至った経緯の分析など出来るものではないと思います。
>そんなことないです。それを否定したら心理学の分野を
>否定するということにほかなりません。
私を含めここを読まれる一般の方には分析は無理で心理学者、精神科医者など研究されている方にお任せしようということです。誰にも分析は出来ないではなく、言葉足らずでした。また、避けているのではなく、なんとか分かるように努力したいと思っており、分析出来れば改善も出来るのですから。私には難しく分からないと思う気持ちから出た言葉です。
「自己中をなくす」言われる通り遙かな先にある理想です。
名前:はちみつ
100年08月29日16時43分
>その犯罪の計画的であまりにも冷酷な犯行をみると15歳であろうが私には同情の余地はありません。
私はこの犯罪に計画性など微塵も感じられないのですが・・・
前にも述べたようにこの事件は内側から湧き上がる衝動によって
動かされたもので、証拠の隠滅に玄関で火をつけるなどしたようですが
それもその場しのぎの思い付きでしょう。
少年の自己抑制力の育成がもっとも必要なことではないでしょうか。
>そこに至った経緯の分析など出来るものではないと思います。
そんなことないです。それを否定したら心理学の分野を
否定するということにほかなりません。
そこに至る経緯はそれぞれ違っていたとしても
その一つ一つの分析結果の中から共通因子を拾い上げていく作業が
必要なのです。
それを「分析できるものではない」として逃げてばかりいるから
同じような事件を未然に防げなくなるのです。
後の祭りと逃げないようにしたいものです。
自己中をなくせれば理想の世の中になるでしょう。
しかしそれは不可能でしょう。
殺人者は精神異常者と言い切る意見の中にもそれは見え隠れします。
人は誰でも自己中なものです。
それを抑制できるかどうかが大切なのではないでしょうか。
名前:よんだぱんだ
100年08月29日16時42分
こんにちは。
友達に紹介されて、なんだか興味のある内容だったので
書き込みさせて頂きます。
8月から持ちきりになっている悲惨な少年犯罪についてのご意見を読んで、
かなり驚きました。
まだまだ精神障害者に対する差別、偏見、勘違いは根強いなあと感じざるを得ません。
自分もそういった人たちとはほとんど接点はないのですが、
受け止めるように努力しようと思っています。
それだけにとても悲しいです。
殺人を犯す人はすべて「精神異常者である」という見解が
ここではまかり通っているようですが、
それは大変疑問ですし、私は反対です。
確かに殺人を犯した人は「異常」ではあると思います。
社会のルールでやってはいけないということに手を染めてしまったのですから
普通ではないでしょう。
しかし、「異常」と精神異常(私は精神障害と言うことにします)は
区別されなければならないものではないでしょうか?
精神障害というのは何らかの事情で心を病んでしまった状態を言います。
その症状は様々だし、病気になってしまった経緯も個人個人で違います。
病院で専門的な治療を受ける人もいれば、周囲から変わった人だと言われる位で
自分も周りも病気に気づいていないときもあります。
今の制度ではカウンセラーなどの専門機関はどうしても受身になりがちで
相談にくる人を待つだけという状態になってしまいます。
それをどのように変えていくかはこれからの課題だとは思っています。
ところでマッカートニーさんがカウンセラーの育成が必要だとおっしゃったのは
精神異常に気づいていない人を見つけ、治療することによって犯罪を予防しようという考えからでしょうか?
「犯罪予防のために精神障害者を治療しよう」
このような考えを政府なり自治体なりが公表したらどのような反響がくるでしょうか?
また、犯罪を犯す前に精神鑑定を行うというのは実質的に無理だと思います。
もし仮に精神障害をもっている疑いがある人を検査しようとしても
本人に自覚症状がないのであれば、強制的に検査するのは難しいのでは?
人権の問題も関わってきてしまいます。
それに、精神異常者だけが犯罪を犯すということには成りえません。
衝動的に犯罪を犯してしまったり、自分の身を守りたいがために(防衛的にも利巧的にも)犯してしまう時だってあります。
あえて異常のうえに何か言葉を載せるとしたら
「感覚」異常とでも表現したほうがよいと思います。
衝動的に、または計画的に社会の通常の感覚から外れてしまったのですから・・・・・・。
新参者が生意気にたくさん書いてしまいましたが
この辺で失礼します。
最後にお願いなのですが、殺人を犯した人を
「精神異常者」
と呼ぶのはやめていただけませんか?
この言葉はあまりに誤解を与えやすい表現だと思います。
私の言ったことを理解していただければ幸いです。
それでは。
名前:マッカートニー
100年08月22日01時54分
レノンさん、お久しぶりです。ヨーコさんは元気です。(^^)
この事件を精神異常者として安易に片づけるものではありません。言われる通り殺人者は精神異常者であって同情の必要はないし、そこに至った経緯の分析など出来るものではないと思います。少年犯罪、似ていても、そこに至る経緯は全く違うもので複雑だと考えます。悲しいが後の祭りなのです。まだ初期段階の精神異常を周囲の大人が察知して水際で防ぐことが出来なかったと考えたんです。「ホラー映画ばかり見ていた」と異常性あったようですから。
本当に恐ろしいと感じる最近の少年犯罪、あらゆる対策を早急に行ってほしいと願ってます。もちろん少年法の改正も大賛成です。
犯罪はすべて自己中心から来ていると思います。究極の改善策は自己中をなくすことでしょう。
名前:レノン
100年08月21日01時26分
今回の15歳の事件ですが どうやら『のぞき』をやっていたそうですね。
彼にしてみれば、濡れ衣を晴らすというよりも むしろ 事実隠滅のために 一家を殺してしまったのでは
ないのでしょうか 彼の中で罪の重軽よりも自分の犯した事実は闇に葬る どんな形でも世間に知られたくなかったのでは
この事実をふまえれば 精神異常で解決する問題ではないような気がします 殺人者はすくなくとも精神異常者なのだから
むしろ 狡猾な自己中心的犯罪ではないでしょうか
今は早急に少年法を改正するしか抑制できないと思います
カウンセラーの数を増やすのもよい方法だと思いますが バスッジャクの少年の例もあり
一概に良いとは言えませんが
一日も早く 被害者が納得するような少年法を作ってほしいものです
名前:マッカートニー
100年08月20日03時02分
その犯罪の計画的であまりにも冷酷な犯行をみると15歳であろうが私には同情の余地はありません。被害者が読まれたらどう思うでしょう?
異常としか言いようがないです。その精神異常を犯行に及ぶ前に察知すると言う改善策です。
名前:はちみつ
100年08月20日02時31分
>ただ、ああいった九州の農村地帯などではね、「風呂のぞき」等の「性的な粗相をするやつ」>といった烙印を押されるってことは、挽回しようの無い汚点なんですよ。
確かにその気持ちもわかります。
15歳ぐらいの思春期の少年にとっては覗きの濡れ衣を着せられるのは耐えがたい屈辱ではあるでしょう。しかし、普通に考えてそれが殺人にまで発展するでしょうか?それがぬれ衣だったらなおさらです。最近の子どもには自分自身を押さえる「自己抑制力」というものが欠けているのでしょう。だから湧き上がる衝動のみで殺人を犯してしまうのでしょう。
今日の報道を見ていたら少年は小さいころから動物を虐待したり、ホラー映画ばかり見たりしていたようです。おそらく小さいころから人に言いたいことも言えず、内側に溜め込んでいった結果、自分より弱い動物に矛先が向いてしまったのでしょう。やはり親の育て方に疑問を感じます。「手のかからない おとなしい 自分の言うことを聞く子」を作ろうとした結果でしょう。ある意味ではかわいそうな少年だと思います。
マッカートニーさんへ
>少年であって未熟なのが分かりますが、それ以外の精神異常です。
それは言い過ぎだと思います。あのねさんがおっしゃるように 詳細がわからないうちに
精神異常だなんて言われたらどうにもなりません。詳細がわかったとしても、ただ「精神異常」で片付けたら何の解決にもならないでしょう。まわりのいろいろな条件を含めて考えて、なぜ少年がそのような心理状態になったのかを考える必要があるんじゃないでしょうか。
まぁ、どんなに同情すべき状況があったとしても少年のしたことは許せませんが。
名前:あのね!
100年08月19日23時53分
ただ、ああいった九州の農村地帯などではね、「風呂のぞき」等の「性的な粗相をするやつ」
といった烙印を押されるってことは、挽回しようの無い汚点なんですよ。
だから、あの事件に対して、詳細がまだ解からない時点で「あーだ、こーだ!」
言えませんけど、その「風呂のぞき」が、本当に濡れ衣だったのなら、
少しだけ、犯人の少年に同情する余地は、自分にはあります。
その他の、よく世間で言われる「少年の凶悪犯罪」と同列でない気がします。
名前:マッカートニー
100年08月19日00時37分
>今度の事件の少年は「風呂場を覗いたと注意された」という動機で犯行を行ったそうです。
>少年の中では「殺人」よりも「覗き」のほうが罪が重かったのでしょうか。
そうですよね。馬鹿でも考えれば分かるものです。少年であって未熟なのが分かりますが、それ以外の精神異常です。その異常が周囲の人には分からず、いきなり殺人で判明するのが現在の恐いところです。殺人を犯す前に精神鑑定をしてほしい。カウンセラーを育成するのがひとつの手かもしれません。
名前:はちみつ
100年08月17日00時09分
また起こりましたね。今度は15歳だそうです。
一家6人殺害を計画し、家族が寝静まったところを狙っての犯行は卑劣極まりない。
少年の年齢から考えて多少の少年院暮らしを経てすぐに世間に戻ってくることでしょう。
現在の少年法の下では仕方のないことでしょう。
そもそも少年法とは、戦後の少年少女が生きていくために犯した罪について裁きを下すのは
あまりにもかわいそうだという趣旨の下で成立した法律です。
しかし、今の社会の中でその精神が通用するでしょうか?
もし私の家族が被害にあい、殺害され、その犯人が15歳だからという理由で1年やそこらで
私の前に現れたとしたら きっと自らの手で犯人を殺してしまうでしょう。
私の個人的な意見ですが、今の少年法は廃止し、罪を犯したらそれに見合う罰を
受けるということをきちんと認識させるべきであると思います。
今度の事件の少年は「風呂場を覗いたと注意された」という動機で犯行を行ったそうです。
少年の中では「殺人」よりも「覗き」のほうが罪が重かったのでしょうか。
やはり普通の人とはどこか違う風に成長してきたのでしょうね。
今後もこのような事件は増えるのでしょうか?
名前:マッカートニー
100年08月16日02時10分
かつての吉信さんが行ったストレス解消は少々なりとも理解出来ます。
しかし、最近、報道される少年事件はいったい何なのでしょう?利害を伴わないただの人殺し。
>「また17歳が!!」とテレビで言うから17歳の犯罪が増えるんです。
その通りで、17歳はまるで関わりのないことで、あんに刺激していると思えますね。
和歌山、毒物カレー事件が起こったすぐ後、毒物混入の事件が相次ぎました。
カレー事件が保険金目当てであることが解明されると相次いでいた毒物混入事件が止んだようでした。愉快犯だったのでしょう。カレー事件が利害をともなったものだったのでガッカリしたんでしょうかね?「奴がやったから俺もやる」自分のない、ひ弱な人格が見えます。この人格、どのような教育のたまものなのでしょう?
>本当は、暴走してるのは大人なんじゃないでしょうか?
そう、自己中心で暴走しています。
匿名(30代、予備校講師)さんによると団塊世代に多い?
自己虫には教育など出来ない。まして、少年の心理(他者の心)など分析出来できるはずもない。匿名さん吉信さんに同感です。
名前:吉信
100年08月15日00時54分
最初に書いておきます、僕は元暴走族、前科3犯の今はすっかり悪とは縁を切って私立の大学
の理工学部に通う22歳の男です。
僕がなぜ暴走していったのか・・・それは・・・テレビです。
テレビでどっかの大学教授が偉そうに「いまの少年の心理は・・・」と語る。
今聞くと、たしかに!!と思う事もあるけど当時の僕には我慢できなかった。
そもそも大学の教授になるような奴が俺らの事を知ったような口きくなーーー!!と思った。
そんな怒りのままに人を殴ったり、バイク盗んだり、バイクのマフラー切ってみんなと走り回っ
たり、自販機ぶっ壊したり・・・異様に楽しくてストレス解消になった。
つまり今の無責任なマスコミの過剰評価やどう見てもぐれてた経験の無い人間の未成年評価は
少年たちに少なからずストレスを与えていると思う。
「また17歳が!!」とテレビで言うから17歳の犯罪が増えるんです。
それを知ってか知らずかは知りませんが・・・
本当は、暴走してるのは大人なんじゃないでしょうか?そんな大人にふり回されて少年たちも
暴走し始める。そして「少年、少年」言うから少女たちも・・・
きっとそれが答えです。
名前:匿名(30代、予備校講師)
100年08月03日16時51分
教師や学校制度よりも、親に問題が有ると思います。
少年犯罪の親達(40ー50代前半)がどんな世代だったのか考えた結果、そう思いました。
私は新人類と呼ばれた世代で、親は昭和ひと桁世代。
両親は高学歴ではありませんが、『人としてしてはならない事』を徹底的に教えられました。
親戚(核家庭ですが)や近所の人との付合い『人間関係』も、両親から学びました。
先にあげた少年犯罪の親達は、(戦後の教育改革後の団塊世代とその後の世代なのですが、)
戦前教育を受けた親と価値観があわず、『親子の断絶』が話題とされた世代です。
親の老後の面倒を見ていないのも、この世代から増えているというアンケートを見た事も有ります。
私は予備校の講師をしていますが、この世代の人達は高学歴ではあるのですが、
人としての品性が感じられない方が多いです。
生徒(子供)になにか不都合があると、勇んで攻撃的な姿勢で学校に乗り込み、
『金を払っているのだから、合格させる義務が有る』
『希望校に落ちた責任をとれ』
『責任』『義務』『権利』『保証』など、学が有る分、口達者でやっかいです。
(※どんなに手助けしても、しょせん学ぶのは本人です。本人の意志と努力です。)
挙げ句の果てには、
『あなたはどこの大学なのか?』
『私は有名大学を出ている』
『主人はどこどこ(一流企業)なので、こんな学校潰すのはわけがない』(笑)
などと、教育方針とは関係ない事を持ち出す人も多いです。
青少年のアンケートで
『人が自分の事をどう見ているのか大変気になる』という答えが多いのですが、
彼等の親達が、学歴やブランドを気にする世代だからではないでしょうか?
(特に一流企業、大学卒の夫の妻だというだけで、
変なプライドを持っている母親に育てられる事に原因があるのでは?)
生徒のひとり一人ときちんと向き合って話をしてみると、みな大変素直です。
手取り足取り教えれば、疑いも、考えもせずに素直に従います。
(こわいくらいです。心配になります。年齢の割に幼すぎるとも感じます。)
彼等は『いじめ』『差別』はいけない事だと、わかっています。
でも100%に近い生徒が、いじめの体験(傍観者、無視も含む)があると話します。
でもその親の100%がは『うちの子はしてない、違う』と思ってます。
この親達はちゃんと子供と向き合って、真剣に子育てをしてきたのかと疑問に思います。
自分達(団塊世代)と親(戦前生まれ)の様な『断絶』を恐れ、子から嫌われる事を恐れて、
兄弟姉妹の様な『ものわかりの良い親』を演じただけではないでしょうか?
彼等の親達が『高学歴』『高収入』にこだわり、
『公立学校を信頼せず』
『すべてを教師の責任』にする限り、社会は変わらないと思います。
名前:神の子
100年05月29日01時49分
たまごっちさんの問いがちょっと難解でしたけど・・・・
存在感がほしい。ヒーロー願望、目立ちたいってやつでしょうか?
自分にはその要素がないと自覚した時のことですね。
最近、気づいたことがあります。娘の小学校で授業中に歩き回るとか、ひどい悪ガキがいるのですが当然ながら先生によく叱られたりしています。
たぶん、その子は先生や大人がよくかまっているので、いずれまともな大人になるのでしょう。
その逆でまじめな手のかからない子供が(かまってくれない)不満を多くためて爆発させることになっているように思います。小さな悪いことを我慢してとんでも無い悪いことをする。
そして大人の持つ世間体の影響が多くあると思えます。世間体とは他人の目を気にしてのことですが若い人達にも若い人達同士の世間体があるようです。ルーズソックスをはかなければならない。顔を黒く塗らなければならない。金髪にしなけりゃならない?大人達を見てそなわった精神、いたしかたないでしょうか?
その世間体の中で競争には勝ち残らなければならず、いじめる側に立たなければいけない。
インターネット、匿名の世界でも17才少年はいじめを受けあの行動に出たようですね。
策は近年の競争を緩和し古来の村八分を排除することです。
生き方に勝ち負けなどなくコミュニケーション能力不足等で集団を組みリンチしないこと。
自分は自分、そして自分は世の中に歯車の中にあると子供達に教えたいです。
名前:たまごっち
100年05月20日01時38分
たまごっちです。
学歴社会とは何の関係もないけど、私が書き込むとすれば、
学歴のページが一番いいかんじなので。学歴と少年犯罪のページに書き込みました。2重投稿で失礼します。
最近、私の先輩が大学の研究者として就職しました。
その先輩は、いわゆる女の子にもてないタイプの典型なのですが、本人は、自分は結構
イケテルと思っているらしいのです。もてないのは、自分がいい年をして学生(大学院生)で就職していない、
また、大学院中心の生活で出会いがない、就職すれば俺も・・・と考えているようです。
しかし、その先輩は就職しました。博士号も持っています。その筋ではそれなりに評価されています。
お給料も結構いいです。それなりにその地方では名の知れた大学です。
もし、それなりにコンパ等に誘ってもらって、出会いのチャンスが準備されれば、もう、その先輩にいいわけは用意できません。
ところで、学生の間では、高校デビュー、という言葉があります。
中学までは地元にいて、本人の気持ちとは関係なく比較的地味な生活をしていたが、
高校になって、地元での印象(あいつはおとなしいヤツ)が意味を持たなくなる世界にでて、とたんに派手に、
イケテルように振る舞うことを高校デビューというのです。
これは要するに、周囲の目がなくなれば、自由度が高くなるという、日本人独特のメンタリティでもあります。
地元で、急にイケテルように振る舞えば、以前の彼、彼女を知っている人間からは、たいてい「あいつなに勘違いしてんだ?」と
からかいの的になるので、そのような行動にでる前に躊躇する人がほとんどですが、高校に行くと、とたんに
派手になっちゃう、というわけです。これは、旅の恥はかきすて、と本質的に同じです。
ここから本題です。バスジャック犯が掲示板でいじめられていたという報道がありました。
インターネットをうろうろすれば、この犯人の少年の実名も写真もなにもかも丸わかりでした。酒鬼薔薇聖徒の時よりも
はやかったかも知れません。それで、その問題の掲示板にたどりついたら、現在ではいろいろと、「おまえらが真の犯人だ」的な
批判が寄せられたりしているようです。この掲示板は完全に匿名で、言いたい放題好き放題の掲示板です。
普段、抑圧されていてイケテナイ、でも本当の俺はすごいんだぞ、と自己顕示欲はすごいタイプの人間は、
周囲の目が届かなくなるインターネット上の世界で、失われた自尊心を回復することがあるかも知れません。
であるから、インターネット上では匿名性を堅守すべきである、という主張があります。
(例:宮台真司:透明な存在の不透明な悪意、231ページ以下)
私はこの主張に同意していましたし、今でも基本的にはそうなのですが、今回はこれが裏目に出た気がします。
このバスジャック犯の経歴はインターネット上の情報もマスコミのものも、学校名などをだしているかどうかという
違いだけで、中身は全く同じです。彼は自尊心が高かった(他者の説教を受け入れなかった)のに、
中学時代の怪我から、世界観が一変してしまった。自宅に引きこもった後のインターネットの世界でもいじめられて、
自尊心を回復できなかった(存在感=ほしい、という書き込みが象徴的)。
つまり、匿名の世界でも(=自分を知る周囲の目がなくても)自尊心を回復できないとき、
インターネットは、その人自身の欠点(コミュニケーション能力の欠如など)を酷薄に本人に突きつけることになるわけです。
俺がイケテナイのは、○○のせいだ、と思っている人にとって、その欠点がなくなったとき、
つまり自分以外のなにものかの責任にできなくなった時。それでも、何とか、大きなことをやらかさないで
生きていけるとしたらどんな方法があるのでしょうか。
こんなことを考えるより、自分の博士論文を書く方が先のような気もするが・・・。
考えなければいけない問題です。
名前:神の子
100年05月09日01時49分
下記の意見を補足します。少年が犯罪を引き起こす原因は親、先生、周囲の大人達の無責任と自己中心の精神にあります。これら大人達の教育は手遅れであり、改心を待つこともかないません。調和を乱す者として厳しく罰則をもうけて無理矢理でも従わすしか他に手はないと考えます。道徳的な法を整備し警察はどのような小さな訴えでも真に対処する。警察はもっと威厳をもつ必要もあると思います。頭が低くて謝っているばかりのように見えます。
余談・・・少年のバスジャックで登場した警察特殊部隊が新聞、TVの批判になっている。少し前なら、よくやったと喝采を受けていたと思いますね。
名前:神の子
100年05月07日02時11分
パットンさん、まったくその通り。人を人と扱わない(人権無視)人間の権利を何故我々が守らなくてはいけないのか?被害者の権利は何処へ葬られらたのか?ですね。
バットンさんの意見からも自己中心の精神が犯罪の根元であるようと思えます。TVの広告で「ジコ虫(自己中心人間)が増えています。気を付けください」とあるぐらいですから、相当な増え具合なのでしょう。そのような環境であるため自分と他者の関係を学ばない少年が凶悪犯罪を起こす。大勢の人から自分は(権利として)守られていることを知らず、学ぶこともない。個人を尊重する(米国の真似?)あまり、全体の調和がとれない日本社会であると感じます。出る杭は打たれるといいますが、今になってそれも必要であるでしょう。道徳的な規制、法整備が効果があるように思えてきました。例えば公共物を汚せば罰金をとるとか。警察力の強化もよいでしょう。女性警官を増やし細部まで目を配るようにする。男性はだらしないですからねぇ、特に最近・・・・いかがなものでしょうか?多数のご意見まってます。
名前:パットン
100年05月06日20時24分
人権とは他人の人権を尊重してこそ意味があるもの。簡単にいうと、人はみんな生きる権利がある。これを守ろうとすればどうすればいいか?自分だけ生きようとすればことたりるのか?
答えはノー。自分の生きる権利を守りたければ他人の権利を守ってあげないといけない。なんでかって?もしあなたが他人の権利をないがしろにしたとしよう。そうするとそのないがしろにされた人はあなたの権利をないがしろにするだろう。大勢の人の権利をないがしろにしたらやはり大勢の人があなたの権利をないがしろにする。そうなったらあなたひとりではとてもじゃないが自分の権利すらまもれないでしょう。逆に他人の権利を守ったならば、守られた人はあなたの権利をまもってくれるはず。権利とは、自分のものであるが自分一人のものではけっしてない。
また自分ひとりで守れるものでもない。それをしるべきである。
名前:ぐんそう
100年05月05日17時56分
皮肉意見
昨今、少年法の改正等が話題に上っていますが、刑罰を科すなどの少年に対する処罰は、行うべきではありません。
人権論者が語るように、少年といえども憲法により、「人権」というものが存在します。
これは、無制限にかつ被疑者、被告人にのみ与えられるものであり、ここにいう少年は大半が被疑者、被告人であることから、一般人よりも強い権利があるのであります。
そして、少年法により、保護されていることから、将来の犯罪大国ニッポンを担っていく若者を保護し、育てていくことが、弁護士の役目でもあります。
暴走族に関しては、警察は追うべきではありません。
もしけがでもしたら、これ以上犯罪ができなくなってしまいます。
逃げてけがをしたら、警察のせいにするという、画期的な判例を我々は勝ち取りました。
これからは、追われたら必ず逃げ、そのせいで事故を起こせば、追った方が悪いのですし、逃げ切れば、否認しましょう。
これが、権利です。
・・・ってなことになってない?
今の社会情勢って。
全体がおかしいよ。
名前:神の子
100年05月05日03時07分
>理由は恐い物がないから、失うものがないから
犯す側の心理は、まさにその通りだと思います。それは超自己中心の心理であって周りの者には恐ろしい事であり、失うものも多大です。多くの方は、それを知り被害者の気持ちを考える、他人を思いやる心を植え付けようと思考しているものと思います。これは心の問題であり環境、教育で解決するしかないと思えます。ここに至っても改善の具体的な案は何処にもなく探し求めたいものです。
そして、直接的に思い止まらす方として、刑罰の強化があると思います。現在、成年、未成年の区切り年齢が高すぎると思えますし凶悪犯罪には無用なのではないでしょうか?みんな同様に扱うのは矛盾が生じて当たり前と思えます。千差万別、幼くても成熟した者もいれば、いつまでたっても子供の精神しか持たない者もいるのですから(日本人は規格通りにしたがる)
さらに追加してほしいのは私が最初から述べていることなのですが夢を持たせる事。少年なら失うことは少ないかもしれないが、これからつくりだすことは多いはず。失うものがなければつくるものもない。これではエネルギーは何処へ向かうのか?多くの少年のイライラ状態が見て取れるように思います。例えば野球選手になりたいと願うなら野球で無我夢中なる。子供の頭で他の余裕などない。これがエネルギーを多量にもつ少年の健全な姿であると思います。我々が出来ることとして夢を持たせること、夢の対象として尊敬される人であることもひとつと考えます。
冬威さんへ、遅くなりましたが・・・
>先のことを考えられるから起こる犯罪もあるんじゃないの?
>処罰が厳しければ防げる犯罪もあるんじゃないの?
その通りですね。我々から見れば先の事を考えているつもりでも少年の未熟さで何も考えていないのと同様と感じてのことです。
名前:パットン
100年05月04日22時49分
少年犯罪がなぜおこるか?理由は恐い物がないから。
大人が犯罪を思いとどまる理由は警察が恐いからとか今の生活が無くなるからとか色々あるとおもう。もちろんなかには優しい人や思いやりのある人(多いといいな)とかただ単に気の弱いだけってのもあるとおもう。ところがどっこい、今の少年は恐いものなんかありゃしない。警察?
確かに捕まるがたいして重い刑罰があるわけじゃない。初犯であればなおさら。(まあ犯罪の種類にもよるがそれでも成人よりはかるいわな)今の生活?そんなもん守ろうとするはずがない。
だってそれは自分が作ったんじゃなくて与えられたものやから。人って自分の物は必死に守るけど人にもらった物なんか割と平気で捨てるしな。それに少年は与えられてるってこと自体理解できないんじゃないかな?よって恐いものもなく失うものもないって思ってる人にどうやって思いとどまらす事ができる?人殺した、だからなに?ってもんやろう。やっぱなにかおもいとどめるなにかをつくってあげないと無理なんじゃない?ただし暴力は反対。警察やらにそれを容認したら戦前に逆戻りするとおもうしな(おそかれはやかれ)犯罪は経るかもしれないが普通の人達がえらい迷惑する事になるで。
名前:カイエ
100年04月29日03時50分
人が自己中心的な損得だけを考えるのではなく、全体のことや人のことを本当に思いやるこころを持つことが犯罪を減らすことにつながるのだと思います。制度や方法論を唱える前に、まずは人の心を変えることが大切なのだと思います。
>人間は少なくとも自己中心的で損得無しでは生きてないと思いますよ。
他人より損をしたくないから人一倍働いたり 勉強するのではないのでしょうか
人は生まれた時に母親の母乳をもらいますよね(私はミルクで育ったが)
それは自分の物であって それを他人が横取りしたらきっと泣き喚くでしょう
意思能力のない幼児期から自己中心的要素は備わっているのでは そんな簡単な要件で犯罪は起こらないですよ
ただ犯罪を起こすような超自己中心的な人間になっていくには環境が多分にあると思うのですが
ではそういう人間にならないようにするには 心を変えるのでなく 方法を考えて対処するのが早いと思うのですが
心を変えるのは時間がかかりますよ 変わればいいが多くは変わらない その間に被害者は増えますよ
方法を考えて処罰すればガキもびびるでしょ 最近の犯罪は大人顔負けですから
心を変えて、、、なんて理想言ってたら被害者及び関係者はたまらない 事例として なんで日本の司法は少年犯罪の被害者に冷たいのだろうか 山口県光市の事件の裁判に遺影を持って入廷する際に布を被せないとだめ
理由が少年の心を乱し公正な裁判ができない あれだけの事件やらかしといて心を乱すって 最初は反省している態度ではなかったらしい
さすがに判決下った時は反省色は見えたらしいが
結局は理想もいい 人の気持ちと全体を考えるのもいいですけど 被害者や関係者の気持ちも考えてみては
名前:神の子
100年04月29日02時28分
パセリさん、以前の書き込みが私の頭にはなく失礼しました。なるほど、根本的な問題の解決にはとても長い時間が必要ですね。現状を見れば「対処療法」やむなしで同時進行ならば賛成します。科学の問題でも答えがひとつというのは古い考えで、答えが複数あるのが正解であるようです。このような問題も解決法は複数あってよいのでしょう。もう恐ろしい状況にも関わらず、何ひとつしていないようで腹立たしく思います。改善の可能性があれば即座に実行すべきです。
名前:パセリ
100年04月29日01時00分
>神の子さんへ
私の以前の書き込みを読んでいただくと、分かっていただけると思うのですが。教育(躾)、社会からの導入を進めた上で、法体系を見直してはどうかといいたいのですが。もちろん教育改善を進めていくことは重要なんですが、現在の親達はすでに教育する対象からはずれており、現在の子供達(乳児をのぞく)も既に現在の社会体制の中で育たざるを得ません。単純に計算すると、今すぐに教育改善を実施したとして、社会にそれが普及するまで30年はかかるのではないでしょうか。その30年の間、なにもしないわけにもいかず、「対処療法」もやむを得ないのではないでしょうか。教育の改善が浸透すれば、少年による凶悪犯罪が減少すると仮定すれば、「対処療法」自体が有名無実化するため、改めて法律を制定あるいは改正すればよいと考えます。確かに表面をいかに取り繕うとも、日本社会の中身が変わらなければ意味はありませんが、今打つべき手段としては、未来への布石と、現状への対処の両方が必要ではないでしょうか。
名前:冬威
100年04月28日23時01分
>自分が「生来性犯罪者」だと思っているのだったら、そんなことはきっと言えないでしょう。
いや、俺は自分がその可能性を多分に含んでるとしても全然不思議はないですよ。
俺は法律が恐くて犯罪をしないだけですからね。
性格のある一面が遺伝によるのか環境によるのかなんてわからないことのほうが多いでしょ。
それにね、「生来性犯罪者」って別に俺が作った言葉じゃなくて、歴史的に初めて犯罪を実証的に研究したロンブローゾ(だったかな)がある種の人を指していった言葉なんですよ。
適当な言葉が見当たらなかったから使っちゃったんだけどね。統計的にいるんですよ、先天的に犯罪を犯しやすい人が。
具体的な例はネットでは書けないんで、自分で調べてもらうしかないですけどね。
・
>まずは人の心を変えることが大切なのだと思います。
だからね、そのためにはどうすればいいのか、どうすれば人の心を変えることができるのか、具体的な有効案を出してくんないとなーんも解決しないんですよ。
目標定めたら、次は手段でしょ。
目標を達成する手段もないのに、目標ばっか語ってるのは何もしてないのと同じなんですよ。
単なる対処療法でもそれよりゃマシです。
名前:アホウ鳥
100年04月28日22時15分
>人間の本質の1つたる犯罪を否定するより、犯罪をコントロールする方法を考えることのほう
>が現実的だと思うんだけどな。
この具体的で現実的な方法というのが、対処療法にしかなっておらず、根本的な問題解決になってこないから、どんどん世の中が荒れていっているのではないでしょうか?それにこれではイタチごっこになります。世の中にはどのような犯罪であれ、法の網を抜ければいい、見つからなければ何をやってもOKなのだと知っている人たちがいます。そして当然といえば当然なことなのですが、その代表が国会で法律なんか決めたりしている政治家たちでしょう。法律なんてものが本当にこの世にあると思っている善人なんか、太刀打ちできる訳はないでしょう。
>生来性犯罪者なんかどう解決すんのかなあ。
そんな人本当にいるのですか?あなたは赤ちゃんを観て判断できるのですか?それとも遺伝子を調べれば解るのでしょうか?そして将来的にはそういう遺伝子を持ったものたちを差別し、強制的に管理したりすべきなのでしょうか?
人は誰もが確かに恐ろしいものも持っていると思います。自分の身を守るためなら、他人に対しては恐ろしい考えを持ったりもします。多分あなたのこの発言は自分は「生来性犯罪者」ではないという認識からきているのでしょう。自分が「生来性犯罪者」だと思っているのだったら、そんなことはきっと言えないでしょう。
世の中にはもっともらしいことを言って、善人を装っているけれども、自らの保身のためには人のことなど考えられない人が自覚なく、結構いるものです。具体的ではないですけれども、人が自己中心的な損得だけを考えるのではなく、全体のことや人のことを本当に思いやるこころを持つことが犯罪を減らすことにつながるのだと思います。制度や方法論を唱える前に、まずは人の心を変えることが大切なのだと思います。
名前:冬威
100年04月28日19時56分
神の子さんへ
>「この犯罪なら少年院だけで済む」と先の事を考えて犯罪を犯す者は無です。
そうかなあ。
俺は中学生の頃、こんくらいなら少年院もねーなと知ってたから、万引きしまくってたけどね。
先のことを考えられるから起こる犯罪もあるんじゃないの?
処罰が厳しければ防げる犯罪もあるんじゃないの?
・
アホウ鳥さんへ
>その原因を深く吟味して、そこから犯罪なんか犯す気にもならないような
>もっと明るい社会を模索していくことが、本質的な解決につがるのだと思います。
まさしく理想郷。
具体的に実行可能で有効な案を教えて欲しいものです。
生来性犯罪者なんかどう解決すんのかなあ。
人間の本質の1つたる犯罪を否定するより、犯罪をコントロールする方法を考えることのほうが現実的だと思うんだけどな。
名前:神の子
100年04月28日02時35分
パセリさんのアイディアを読ませてもらいました。納得するものもありますが、それでは対応出来ないと考えます。
仮に少年を無視して大人と同様の刑罰を実施しても歪んでしまった者は罪を重ねて行くでしょう。
大人でも凶悪犯罪を犯す奴は前科者が多くないですか?
刑務所に入る者は懲りない面々なんです。刑罰で反省する真っ当な心の持ち主は多く期待出来ないと思います。
やはり、そうなる前の家庭、学校教育の歪み、社会の歪みを正すのが先決ではないでしょうか?
名前:パセリ
100年04月27日01時27分
>アホウ鳥さんへ
あなたの文章を改めて読み返してみました。失言をお詫びいたします。私自身、被害にあった経験があるためかなり感情的になっておりました。
ただ、理解していただきたい点は、現在の法律を厳しくする方がよいと感じるのは、少年犯罪は、段階を追って悪化していくという点です。最初の段階で「犯罪を犯している」ということを認識させないでいると、最初は万引、喧嘩から始まり恐喝・・殺人へと悪化していくという点です。私は以前ここで書き込んでいますが、罪に対する罰については厳密にかつ例外なく実施する必要があると思います。そしてその罪を償った暁には、彼らの社会復帰については、これを社会として支援してやる必要があると考えます。現在の少年法の精神は非常によいものですが、万引や喧嘩程度であれば有効であると思います。少年法の制定時は、ここまで凶悪犯罪が低年齢化しここまで増加することは予想できなかったのではないでしょうか。
先日の非礼を重ねてお詫びいたします。
名前:神の子
100年04月26日01時32分
私も少年法の改正、処罰を厳しくすることで改善されるとは、まるで思えません。なぜ罪を犯すかは全ての人がご存じであるでしょう?我慢を知らない、他の人の痛みを知らない、先の事を考えない、これらの性格性です。「この犯罪なら少年院だけで済む」と先の事を考えて犯罪を犯す者は無です。なぜ、このような性格の者が多く生み出されているのかを考え、早急に改めなければならなばならない、せっぱ詰まった所に来てしまったと感じています。
名前:アホウ鳥
100年04月25日23時59分
パセリさんへ
どうやら意味が全く通じていないようですね。「哀れみ」でも、「無責任な擁護発言」でもないです。原因があって、結果があるのだと言っているのです。そしてその原因は我々大人ではないですかと言っているのです。大人がまともな教育も躾も生き様を示せない証が、少年犯罪という形となって現れているのだと思います。ですから処罰を厳しくすべきだというのは、大人たちを無責任に擁護している発言ではないでしょうか?
それといい加減、法律を厳しくするというような対処療法ばかりやっていても、六法全書が分厚くなるだけで、何の解決にもならず、息苦しい、人を非難ばかりするような社会を創るだけだというに我々人類は気付くべきときではないでしょうか?処罰を厳しくしたり、取締りを強化してもなんの解決にもならず、また別の形でさらに酷い犯罪なり、問題が起こってくるということは世の中の流れを観ていれば解ることではないでしょうか?物事には原因があって、結果があるのですから、その原因を深く吟味して、そこから犯罪なんか犯す気にもならないようなもっと明るい社会を模索していくことが、本質的な解決につがるのだと思います。
人はひとりでは生きてはいけません。家族や会社や社会、もっと大きな視点で見れば自然や地球や宇宙によって生かされているのです。だから色々な犯罪や問題や矛盾は、その構成員である私達も決して自分には関係ない他人事ということはなく、これらの問題は私達一人一人に訴えかけられている警鐘であることに気付くべきときでだと思います。人を責めるのではなく、自らを顧みて、自分はどうすればいいのかということを考えるベクトルを私達ひとりひとりが持たない限り、例えどんな素晴らしい制度や法律をつくったとしても良くはならないでしょうし、きっとそんなものも産まれないでしょう。
名前:パセリ
100年04月25日21時30分
>アホウ鳥さん
確かに哀れでしょうけど、罪には罰がついてくるものです。幼稚園児ならいざ知らず、中学生以上になれば、ものの善悪を判断する能力はあるのですよ。自分で悪いことをしていると認識しているから、犯罪の痕跡を隠そうとするし周りに対して口止めをしたりしてるんですよ。犯罪を犯せば罰があり、人を傷つければその報いがあるんです。あなたのように子供の行動ということで殺人や強盗のような大人顔負けの犯罪者にたいして無責任な擁護発言を行う人が多いため現在の状態を招いたということを認識する必要があると思います。無責任と寛大は異なると言うことですよ。きちんと服役した犯罪者を社会で虐待することは許されませんが、犯した罪の大きさに応じた償いは行う必要があるでしょう。この償うという行為こそが犯罪者の社会復帰への大きな一歩だと確信しております。
名前:アホウ鳥
100年04月25日01時47分
僕はこの問題を耳にする度に、どんな悲惨な非難されるべき事件であれ、少年少女たちの表面的な意識がどうであっても、彼らの魂の悲鳴が聞こえてくるような気がします。今の大人たちやその大人たちが創り出している世の中に夢や希望の光や、自分達の本当の居場所が見出せない苦悩を感じます。
少年少女たちの感性は大人たち程擦り切れて、鈍くなっていません。そして知らず知らずの内に積み重なってきたいろんな諦めを、現実と呼んでいる大人達が、もう感じなくなっているものをもっと大きな感情の波の中でとらえています。自分達の子供の頃の感情を皆さんは覚えていませんか?きっと誰もが大人たちや世の中にいろんな反発や理不尽さを感じてきたはずです。そして今、子供達のナイーブな精神にはもう受け止めきれない社会を私達大人が産み出してしまっていることが、この問題の根本原因ではないでしょうか?
子供がグレるのは親の責任です。それはつまり大人たちの責任だということです。少年法を厳しくするべきだという議論がありますが、それは社会全体、大人たち全体が無責任な親になりつつある証ではないでしょうか。子供を叱るのになんで法律が必要なんですか?問題なのは家庭や親や学校とか言うのではなく、子供にまともな教育も躾もできず、尊敬もされることもできない私達大人ひとりひとりの生き様ではないでしょうか?僕には少年犯罪というものは子供達からのしっぺ返しだと思います。因果応報でしょう。
名前:一歩くん
100年04月16日19時03分
教育の主体はやはり親になるかと思いますが、現代社会に
おいては親だけに責任を負わせることはやはり無理があるようです。
以前のように地域全体で子育てを支援するということを考える
時期にきているのかもしれません。
まあ、教育の基本は「人に迷惑をかけないようにしよう」でしょうか。
で、実際に犯罪を犯したら少年法の適用があるわけですが、
そこでは基本的に3つの処分しかありません。
一、保護観察
二、養護施設送致
三、少年院送致
で、一番手っ取り早いのが少年院送りです。とりあえず少年院
にいれとけ、ということになります。ですから、少年院の定員が
すぐに満員となってしまうので、入ってもすぐに出てしまうという
ことになり、少年の健全な育成も犯罪の減少もなかなか進まない
ということになるということです。
一度保護監察官の書かれた本を読んだことがあるのですが、その方の
主張ではもっと保護観察処分を増やすべきだ、そうすれば立ち直る
可能性のある少年とその見込みのない少年がはっきり区別できるので、
見込みのない少年がすぐに少年院を出るということもなくなり、
結果として凶悪犯罪が減少するということになるとの事です。
で、なぜ保護観察処分がなかなか増えないのかと言う理由について
ですが、とにかく予算がつかないということです。
基本的に少年につきっきりになりますので、処分の数だけ人間が
必要になるということになります。
このあたりの問題も考えていく必要があるかと思います。
なお、本の題名その他につきましては残念ながら記憶がありません。
ご容赦ください。
名前:さっちゃん
100年04月16日11時19分
子供の教育の主体という話になると、親が、いや学校が、
と言うことになりがちのようだけど、道徳教育って、本来、
もっと前に始まってる事でしょう。”たたかれたら痛いで
しょう?他の人だってたたかれたら痛いんだよ。だから、
人をたたいたりしたらだめだよ”ってことを、ちゃんと教えて
やるところから始めなくっちゃ。
しかし、最近、権利ばかり主張する人、多いよね。少年法で
守られてるってことで、好き勝手やっておいても、許されると
思ってる。相手の権利を守る義務も果たせない人に、守られる
権利なんかやる必要ないんじゃない?あんたたちが万引きした
漫画本に、こっちは生活かかってるんだっつーの。
社社会全体で、子供を愛し、育てましょう、って、愛するって
ことと、甘やかすことの違いに、なぜ気づかない?自分も
甘えたいから?
なんだか取り留めのない文章になってしまいましたが、最後に、もし貴方が親であるならば、自分の子が髪をピンクに染めて、
ピアスをして中学に通っていても平気ですか?
名前:ジョニー
100年04月15日11時25分
少年法、だいたいが「更正の余地がある」とか言ってる奴らの
薄っぺらいヒューマニズムにはヘドが出る。
こういう奴が実は一番人の立場に立って物を考えていない。
「私は偽善者です」って吹聴して回ってるとしか思えないんだけどね。
こういう奴はまず、自分の子供が殺されたという場合を考えろっての。
名前:和
100年04月11日07時37分
子供に対する日本の法律は甘すぎる、悪を制するには罰を厳しく
する事に依って抑制すべきなのに下手な少年法が有るばかりに
子供駄目にしている、もっともこれは日本だけでなく世界中が
その傾向にあり今見直されている、日本も遅れるな、と言っても
今の警察では到底法の番人とは言い切れず困った物だ。
名前:神の子
100年03月26日02時08分
>実はこの実験で異常行動を起こすネズミはメス、若いオス、特に子供たち
>いわゆる弱者が中心だった。
>どうですこれって人間社会にも当てはまりませんんか?
確かに、当てはまっているように思えますね。ネズミと同じとは寂しい限り・・・・。
最近の進化論によると、種はよりよく環境適応したものに同一化するこれが進化とききました。それを考えると人間(日本人だけかな?)は進化ではなくて退化しているように思えます。
子供達、若い人を見ていると、平気で人殺しをする下等人(獣より劣る)が増える一方、天才と言われるような能力を発揮する人も増えている。中心のレベルが減少して高、低レベルが広がっているようです。
都市部での犯罪が増加傾向ということは、そのような環境では適応出来ずに退化していると見ていいのでしょうかね?少子化も進んでいることを考えると、やはり退化!
動物としての退化は止めて、人としての進化を望みたいものです。
ひとりひとりが自身は動物の一種じゃなくて、人なんだという自覚があれば犯罪など起きないと思います。少々のストレスに負けない強さが備わるように進化しないものでしょうか?
名前:TT
100年03月25日08時43分
上手くいっているならば、それで善し!
自分の場合、感情というとすぐ怒りの方を考えちゃうけど
愛情も感情の大事な要素だよね。
話を戻すけど、イギリスのカルフーンという学者がやった実験なんだけど
ネズミを過密状態にして人為的にストレスを与えることを三代にわたって
飼育してみたら、まず性行動に異常が現れ メス、オスの区別ができない
同性愛が出現し、未熟なメスを犯したがるネズミやインポになるオス
つまり、生殖につながらないセックスが増加した。
次にメスの異常だが、母ネズミが子どもの保育、保護の放棄そして親の
子殺し、流産率の増加、生まれる子どもの発育不良、先天性異常
子ネズミ同士の殺し合い。
実はこの実験で異常行動を起こすネズミはメス、若いオス、特に子供たち
いわゆる弱者が中心だった。
どうですこれって人間社会にも当てはまりませんんか?
最近の少年犯罪の発生比率も都市部で増加傾向だし。
みなさんの考えをお聞きしたいです。
名前:神の子
100年03月25日01時08分
>また悲観的とか言われそうだけどどうでもええわ。
その節は失礼しました。もうぶり返さないようにしましょうね(^^;)
先生も神の子ならぬ、人の子ですから学者の卵さんのおっしゃる通り叱ると怒るの区別は
無理だと思います。もし出来たとしても、人間味のない先生で子供が慕うようには
ならないような気がします。(同感です!)また、感情むきだし、
押さえの効かない人が教師になってもらっては困ります。やはり程度の問題だと思います。
私が小学生の頃、極端に短気な教師がいてボコボコに殴られてしまいました。
その時、何の理由で殴られているの分からない状態で、助けに来てくれた女教師が
女神に見えました。それ以来、少々、先生不信に陥ってるかもしれません。
卒業後、他の生徒がいうには、「あの先生はよい先生だった」と言っていました。
キレなければよい先生だったのかもしれませんが、キレたら駄目でしょうに!
今ならこのような先生は先生でいられないと思いますが・・・・
書いてる内に体罰ありの昔が良いのか、今が良いのか分からなくなってきましたよ。
名前:学者の卵
100年03月24日11時48分
久しぶりに見たら、叱ると怒るの区別の話になっていたので書いてみます。
また悲観的とか言われそうだけどどうでもええわ。
> 叱ると怒るの区別は明確についてないのが日本の現状ですね。叱るということは感情を抜きに
>して客観的にしなければならないことですからね。
> 自分なんかも今までみた教師達でそれをちゃんと出来た人はまだ見てないですね。
私の意見はこれと全く正反対。叱ると怒るなんて区別しなくていいし
そもそも区別不可能。感情を抜きにこんこんと平坦な口調で子供の誤りを指摘したら
嫌みや皮肉に受け取られる可能性の方が高い。
重要なことは、「なんで俺は今怒られてるんだろう」という理由が子供の側にも
理解できるかどうかということ。理由も分からず怒られては、子供もたまったものではない。
たまたまその教師や親の機嫌が悪かったから些細なことで怒られているのか、
それとも本当に「確かにちょっとまずかったな」ということをしたから怒られているのか、という
判断を子供はちゃんとしている。
今私が書いていることは団塊世代とかそれより上の世代が、昔の体罰ありの教室を
懐かしがって、「殴る側にも愛情があったんだよな」というような意見とは若干違っているんだけども
ニュアンスとしては似たようなものと思ってもらってかまいません。
特に今は、「なんでだめなんだよ〜〜。誰にも迷惑かけてね〜じゃんよ〜〜〜」と言って
怒られること自体が不条理という感受性が広まりつつあるのだから、
怒られる理由そのものを納得させるだけでも一苦労でしょう。そんな状況だからこそ、
感情を乗せて相手を揺さぶる方がまだ効き目ありかなと思うのですが。
もっとも叱るにしても怒るにしても、説教が通じる範囲がことごとく小さくなっているので、
その効き目自体もかなり怪しいことは否定できません。だから学校なんかよりも
家庭が最後の砦となるんですよ。
なお私は子供を怒ることには賛成しており、塾でも比較的こわい厳しい先生のうちに分類されています。
でも人気投票では、親の評価も含めて結構上位です(←自慢)。
叱ると怒るを区別していなくても、いまのところうまくいっていますよ。
名前:TT
100年03月24日02時18分
確かにパセリ氏の言う通り
叱ると怒るの区別は明確についてないのが
日本の現状ですね。叱るということは感情を抜きに
して客観的にしなければならないことですからね。
自分なんかも今までみた教師達でそれをちゃんと出来た人は
まだ見てないですね。
幼児性もそうかもしれませんが
日本の場合、欧米と比べて個人レベルの道徳意識が薄いのではないでしょうか?
日本のように社会的規範が中心だと、その社会的規範が緩むと
日本人全体の道徳的意識が一度に緩むのだと自分は考えます。
だから、神の子氏が言うように家庭レベルでの教育を見直していくのが
最良ではないかと考えます。雷おやじがやっぱり必要なのかな?
私もよく親父になぐられましたね。
だから今はいい人かというと・・・?
名前:神の子
100年03月23日02時36分
>日本社会の幼稚性からきていると思います。
大ありですね。規格品を大量に作る、この古いやり方は日本人にはあっていたようですが
多様化なるものには幼稚で放任しているだけのことで何にもありはしない。
人作りもそれが言えて善悪をも教えず、粗悪品が大量に出回っている状態でしょう。
家庭での甘やかし、学校では先生の威厳のなさなどの放置状態から来ている。
いけない事は分かっています。なら補正する機構が必要なのなんですが・・・
昔に戻れたらよいですね。頑固オヤジと恐い先生の復活!
名前:パセリ
100年03月21日20時00分
日本社会の幼稚性からきていると思います。欧米のやり方を全面的に良しとするわけではありませんが、無責任かつ過保護な大人たちが蔓延しているため、少年犯罪の温床となっているような気がします。そもそも「少年法」とは必要なのか。少年を更生させるためと言いながら大人たちの自己満足の世界だけではないのか。私は、少年法を廃止し、更正を実施する法整備を実施した方がよいと考えます。当然、刑法とは一線を画するため刑法に定める期間収監された後と言うことになりますが・・
日本の法曹界にも問題があると思います。どのような犯罪を犯していても必ず精神面や薬物中毒等の心神喪失と称して無罪放免としようとするからです。本来人が人を裁くこと自体が困難であるのに罪に対する罰を軽く考えているのではないでしょうか。いったい誰が被害者の人権と加害者の人権の軽重を量るのか!知りたいものです。
教育については戦後教育の歪みがでてきていると思います。教育とは、中立中道であるべきにもかかわらず、特定の思想を教育の現場で表現するような輩が教育者として教壇に立っているという現実がある。また、学校とは勉学を学ぶ場であり、躾については、家庭でいたらなかった点を指導する程度にとどめておくべきでしょう。
家庭の問題が一番大きく、どこぞの先生が「子供に言って聞かせる」などと戯けたことを申しておりましたが、「自分の子供にでも言ってろ」と言いたいですね。言ってわかんなきゃ体罰も必要でしょう!但し、「怒る」と「叱る」の分別をつけたあとでね。本来躾とは家庭で行われるものであり学校や塾などの他人に委ねるものではないでしょう。幼児期に親や周りの大人が子供に好かれようとして、甘やかすから気がついたときには手がつけられない状態になっちゃうんですよ。犬や猫の躾と一緒!!!
こういう文章を書くと理想論で刃向かう奴らがいるけど、「もっと現実をみて経験を積みなさい」と言いたい。教科書に載ってない自分の言葉での反論をお待ちしております。
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